第2話
私は、黒ずくめの男に羽交い絞めにされていた。
「えっ?」
思わず声を上げる私に、男が言った。
「おい、黙ってろ!」
私は目をぱちくりさせる。
ここは銀行。私は羽交い絞めにされ、まさに今、銀行から外に連れ出されようというところだった。
銀行内には防犯ベルの音が鳴り響き、ざわついた店内は床に伏せた一般人と、怪我をしてうずくまっている警備員が私の行く末を不安気に、しかし少しだけ楽し気に見守っているのが見えた。
……同じだ。
つい数時間前、まったく同じことが起きたばかりじゃないか。私は麻酔から覚めたばかりの人のように、瞬きの間に時間が巻き戻ったかのような不思議な感覚に戸惑っていた。
強盗に半ば引きずられるように外に連れ出され、
「乗れ!」
と、停まっている車に押し込まれる。
なにが起きているのかを理解するために、必死に頭を働かせる。
つい、数時間前、私は同じ経験をした。それは間違いない。夢なんかではなかったはずだ。
そしてゆっくりと思い出す。
この後、私たちは街で車を乗り捨て、街中を歩き、ラーメンを食べた。テレビから流れるニュースを見て、自首することを決め、二人で警察署に向かう。そして……
「あっ」
私は小さく声を出してしまう。
「声を出すな!」
車を走らせながら、彼が言った。
チラ、と彼の顔を見る。
そうだ。
彼はあの時……死んだのだ――。
◇
「よし、そろそろ行くか」
ラーメンを食べ終わった彼は、私が食べ終わるまで静かに待っていてくれた。そんな姿を見てつい、この人、本当はいい人なんじゃないかという気持ちになっていた。
ラーメン屋を出ると、
「一番近い警察署でいいよな」
携帯を見ながら、彼がそう口にする。行き先が自首するための警察署でも、携帯片手に調べるのだから、なんだかおかしな絵面だ。あまりに、軽い。
「うん、いいと思う。私もさ、ちゃんと話すから。なにも酷いことはされてません、って」
どうせ供述を取られるのだからこの際一緒に行く、と言って私はついて来たのだった。
「なんか、ほんとごめんな。変なことに巻き込んじまってさ」
「そう思うなら最初からあんなことしないでよねっ」
私は彼の腕を小突く。
ただ一緒にラーメンを食べただけだったけれど、私はなんとなく彼のことを、憎めない存在だと認識していた。まるで昔から知り合いだったかのように、彼に接していた。
地図アプリで確認した道を歩く。端から見たら私たち、どんな関係に見えるんだろう、なんてことを考えながら。
「お、あったあった」
まるでお店でも探すかのようなノリで彼が言う。私はホッとしたような、少し寂しいようなおかしな気持ちで彼のあとをついていった。
「警察に来る人って、どんな用事で来るんだろうな」
彼が歩きながら、ふとそんなことを口にする。
「色々じゃない? 落とし物保管してます、って連絡受けて取りに来る人もいるし」
私、いつだったか、定期券を落としたことがあった。わざわざそれを届けてくれた方がいたようで、警察から連絡が来て、取りに出向いたことがあるのだ。簡単な身分証明だけであっさりと返してもらえたのを覚えている。
その他にも、免許の更新や相談窓口などもあって、ストーカー被害の相談やなんかもできた気がする。普通に生活していたら、あまり足を運ぶこともない場所ではあるが、実は事件や事故以外でも、警察に関係することは沢山あるものなのだ。
「自首するだけじゃないんだな」
「ぷっ、やだ。当たり前じゃない。逆に自首しに来る人の方が少ないでしょ」
私は冗談とも本気とも取れる彼の呟きに、つい笑ってしまう。
警察署が見えた。道なりに向かって右が門。
すると、前から歩いてくる男性が早足に歩きながら、怒っているような顔で警察署を睨め上げていた。ちょうど私たちと同じタイミングで警察署の門を潜ったのだが、どうも男の様子がおかしい。鞄から何かを取り出すと、右手に持つ。
キラ、と光るそれは紛れもなく出刃包丁だった。普通はそんなものを持ち歩いたりはしないし、ましてや警察署にそんなものを持っていこうというのは……。
「……包丁っ?」
私が思わずそう口にすると、男はこちらをキッと睨んだ。そして、叫んだ。
「俺が悪いんじゃねぇ! あいつが俺の言うことを聞かないからっ、だからだろっ?」
相当興奮しているようだった。
「勝手に出て行きやがって! なんで警察から電話なんか来るんだっ。ここに隠れてるんだろ? 冗談じゃねぇ!」
異変に気付いた警官が、慌てて声を掛け、駆け寄る。
「そこの人! 何をしているっ。手にしたものを置きなさい!」
騒ぎを聞き、中からも警官が数名、慌てて出てきた。それを見た男はさらに興奮した様子で包丁を突き上げる。
「うるせぇ! 俺は悪くねぇ! 悪くねぇんだよ! いいからあいつを連れて来いよ! ここにいるんだろっ?」
そう叫びながら暴れ始めた。
私と彼は驚きと恐怖で固まってしまう。早く逃げなければとわかっているのに、足が動かない。
警察官が回り込む。私たちを背に庇おうとしてくれているのだと分かる。が、それを見た男は逆に私たちの方へと目を向けてしまったのだ。
「俺は悪くねぇぇ!」
包丁を握り締める。そのまま駆け出し、奇声を上げながらこちらに向かってきた。警察官が何か叫んだが、男は止まらなかった。
「きゃぁぁぁ!」
私は叫んでいた。目の前で起きていることが理解できなかった。崩れ落ちるように倒れ込む彼の姿が、スローモーションのようにゆっくりと瞼に焼き付く。
持っていた包丁は、彼の脇腹に深く、深く突き刺さっていたのだ。
その後のことは記憶が曖昧だった。確か、男はその場で警察官たちに取り押さえられ、現行犯逮捕された。私は彼の元に走り、声を掛け続けたのだけれど……彼は苦悶の表情を浮かべ、そして静かに去った。
名前も知らないままだった。
せっかく改心したのに。ちゃんと罪と向き合うと決めて、ここへ来たのに……。
私は、彼に同情したのだろうか? ううん、そうじゃない。このとき私は確かに、彼を助けたかった、と思った。死んでしまうなんてあんまりだ。彼に、生きてほしかった。
そこからプツリと画面が切り替わる。
そう。
銀行の、あの場面へ……。
◇
車を運転している彼を見る。
生きている。間違いなく。
一体、何がどうなっているというのか?
「あの……」
私は恐る恐る彼に訊ねた。
「あん? なんだよっ」
「初めまして……で、合ってます、よね?」
私の質問があまりにおかしかったのか、彼は一瞬目を見開いて私を見た後、視線を前に戻し、言った。
「こんな状況で逆ナン……じゃないよな?」
彼も相当テンパっているのだろう。なんで誘拐されている最中の女がナンパをすると思えるんだっ!
私は少しばかりムッとして、答えた。
「ナンパなわけないでしょうっ? 真剣に聞いてるんですっ。私と会ったの、初めてですよね?」
私があまりにも真剣だったからか、彼も少し冷静に私を見遣る。そして、
「初対面……だと思うけど?」
と、ぶっきらぼうに言った。
やはり初対面だ。
という事はつまり、私が持つ記憶がデジャヴのようなものであるか、あるいは……
「繰り返されている……ってこと?」
まさか、と思いながらも、つい口にしてしまう。
「なんの話だよっ? ってかあんた、やけに落ち着いてやがるな。ただの一般人の反応じゃねぇ。まさか……非番のサツかっ?」
ああ、それ前にも言ってた。
やっぱりこれ、初めての会話じゃない気がするんだなぁ。
「んなわけないでしょっ」
私、とりあえず同じように突っ込んでおく。特に意味はないけど。
どうしよう、これ。
すべてが私の勘違いか思い違いであったらいいのだけど……。
車は、街の中へと入っていった。
男が車を路肩に停める。
「行くぞ」
促され、車を降りる。
同じだった。場所も、時間も。
ふと、このままあのラーメン屋に行ってもいいのだろうか、という思いが過る。もしまた同じことが繰り返されるのだとしたら……? 少なくとも、彼があんな風に死ななくて済むように、時間をずらす必要があるんじゃないか。
馬鹿げた話だろうか?
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