リフレインゲーム
にわ冬莉
第1話
平凡な人生を生きてきた。
中流家庭に生まれ、田舎とも都会とも言えない場所で過ごし、大きな悩みや挫折も知らず、ぼんやりとした人生だ。恋もしたし、失恋もした。私なりに頑張って生きてはきたが、人に語れるほどのものではない。普通の人生選手権があったら、かなり上位に食い込めるくらい、私の人生は平凡だ。
でも、人類のほとんどの人間がそういう人生を生きている筈で、なにも私だけが特別ではないだろう。
わかっている。わかってはいるが、人生も三十年を過ぎるとそれでは物足りなくなってくるものだ。
――何でもいい。
例えば、燃えるような恋をして、想像もしていなかった素敵なプロポーズを受けるとか、気まぐれに買った宝くじで一等を当てるとか、迷子の人を助けたらそれがアラブの石油王だったとか、何か人生で一度くらい、予想もしていなかった出来事に出くわしたりしないものか、と考えたって罰は当たるまい。
確かにその日、そんなことを考えてはいた。
考えてはいたけど……。
「これじゃない感……」
私は黒ずくめの男に羽交い絞めにされながら、思わず呟いていた。
「おい、黙ってろ!」
怒られてしまう。
そりゃそうか。今、私は人生で初めて『人質』という立場にいる。
非凡だ。
それはもう、人類の数パーセントしか経験していないであろう立ち位置を味わっているに違いなかった。でも違う。私が求めていたやつではない。
「行くぞっ」
強盗は私を羽交い絞めにしたまま外に出た。銀行内には防犯ベルの音が鳴り響き、ざわついた店内は床に伏せた一般人と、怪我をしてうずくまっている警備員が私の行く末を不安気に、しかし少しだけ楽し気に見守っているのが見えた。
「行くって、どこに?」
私はつい強盗に訊ねてしまう。
「いいから乗れ!」
停めてあった車に押し込まれる。
私は免許を持っていないからこの車の種類は知らないけど、街中を見渡せば数台に一台は見かけるほど、ありきたりな白の乗用車だ。
「くそっ」
男はニット帽を忌々し気に剝ぎ取ると、サングラスはそのままに車を発進させる。
私は、助手席でそんな男の横顔を見つめる。
「こっち見るな!」
「あ、はい」
また怒られてしまった。仕方ないので前を見る。車はそのまま一般道をひた走る。
でも、これ無理じゃない? 日本の警察舐めてるよね? カーチェイスなんかしたって逃げられるわけがない。割と早い段階であの銀行員、非常ボタン押してたから、すぐに警察が追いかけてくるんだと思うんだなぁ。
そうは思ったけど余計なこと言ったらまた怒られちゃうから、黙っておく。
人質になるのは初めてだし、怖くないと言えば嘘になる。でも、不思議とこの時の私、頭の中はいたって冷静で、叫んだり泣いたりという事は一切なかったのだ。
「あのぅ……どちらへ?」
数分の沈黙に耐え切れず、つい、訪ねてしまう。男はチッとわかりやすく舌打ちをすると、私の方をチラッと見遣る。
「やけに落ち着いてやがるな。お前、何者なんだよっ?」
強盗に「何者か」と聞かれるとは、私ったら大したもんだわ。なんてことを考えてしまう自分が愛おしいが、違う、そうじゃない。
「何者って、ただ銀行でお金降ろそうとATMに並んでただけの、一般人ですけど?」
素直に答える。
「そんなわけねぇだろうっ。ただの一般人の反応じゃねぇ! まさか……非番のサツかっ?」
随分想像力豊かな強盗である。
「そんなわけあるかっ」
私、つい突っ込んでしまう。
強盗は、背格好や声から察するにまだ若そうだ。なんでこんなことしたのかは知らないけど、きっとよくあるパターンなのだろう。
「このまま逃げてもすぐ捕まっちゃうと思うんですけどね」
私、つい本当のことを口走る。
「そんなことわかってる! どうすればいいか、今考えてんだよっ」
さすがに切羽詰まっているようだ。
まだ、警察車両の音は聞こえてこない。しかし、時間の問題だろう。
と、男が車を路肩に停める。
「降りるぞ」
促され、つい、
「ええ、私もぉ?」
と文句を言ってしまう。
だってそうだろう。逃げるなら一人で逃げればいいじゃない。私が同行する意味、あるのか?
「いいから降りろ!」
また怒られる。
しぶしぶ車を降りると、腕を掴まれて街の中心へと連れて行かれる。
今や街中は防犯カメラの宝庫だ。こんなところを歩いていたら、速攻足跡を辿られて見つかるのが目に見えていた。
「逃げるなら田舎に行かないと」
私、つい余計なことを口走る。
「あんっ?」
強盗が私に凄んでみせた。
「防犯カメラがないところに行かないと駄目じゃない? とはいえ、バスターミナルも駅も防犯カメラだらけだし、結局行けないんだろうけど」
至極冷静にそう告げると、強盗は大きくため息をついてその場に立ち止まる。
「くそっ、なんだよ。結局俺の人生クソじゃねぇかっ。一世一代の大仕事も一銭にもならずこのざまかっ」
ああ、落ち込んじゃった。
「まぁ、気持ちは分かるんだけどね。結局のとこ、陽の光を浴びて生きてるのなんてごく一部だけの人間で、大体の人はなぁんにもない人生を、それとなく生きて、ゆっる~い山や谷を大袈裟に捉えて、都合よく武勇伝にして生きてるだけなんだから」
強盗に、というよりは、どちらかというと自分に向けて放つ言葉である。
「……なんだよそれ」
私の言葉に、完全に毒気を抜かれてしまったみたいな強盗、その場に座り込んでしまう。
「あ、ごめんなさい。なんか酷いこと言っちゃったかも」
謝る私を見て、強盗が口角を上げる。あら、ちょっと可愛いじゃない?
「あんた、変なやつだな」
「言われたことないわよ、そんなこと」
私、ちょっとムッとして答える。
「あ~あ、もうやめだ!」
勢いをつけ立ち上がると、強盗は私に向かって言った。
「怖い思いさせて悪かったな。俺、自首するわ。どうせ逃げ続けるなんて無理だろうし」
「そうね、それがいいと思う。警備員さんに怪我させちゃってるけど、誰も殺してないし何も盗んでないし。大した罪にはならないんじゃないかなぁ?」
私、気休めかもしれないけどそんな風に言ってみる。同情してあげられるほど彼のこと知らないし、銀行強盗がどのくらい罪が重いのかも分かんないけどね。
「あ~あ、気が抜けたら腹減ってきた」
男が自分のお腹に手を当て、言う。
そう言われれば自分も……と、時計を見る。時計の針は午後二時を指している。
「ラーメンでも食べる?」
何故か男にそう誘われ、
「そうだね」
と答えていた。
自分でもおかしなことをしているという自覚はある。けれど、せっかくやってきた「非凡」をそう簡単に手放してしまうのもなんだか惜しい気がした。
強盗犯で誘拐犯の男と一緒に、街道沿いにある近くのラーメン屋へ向かう。
ピークを過ぎた店内は空いていて、頼んだラーメンもさしたる待ち時間なく目の前に置かれる。町の中華屋、しょうゆラーメン。シチュエーションは別として、町中華のランチは最高なのである。一人ならビール片手に餃子も食べたいところだが、きっと今は違う。
『ここで、速報が入りました』
つけっぱなしのテレビからは、午後の緩いワイドショーが流れてきていたのだが、急に司会者が難しい顔をして原稿を読み始めた。
『今入った情報です。本日、午後一時過ぎに都内某所の〇〇銀行にて銀行強盗が発生した模様です』
あ、これって……。
顔を上げてチラッとテレビを見ると、さっきまで私たちがいた銀行がテレビに映っている。規制線が張られ、バリケードテープで入り口を塞がれている銀行。大勢の警察官が辺りを巡回し、鑑識が証拠を採取すべく床に座り込んでいるありがちな光景だ。
『犯人は身長百七十五センチ前後、黒の上下にサングラス、ニット帽を被り、現在も逃走中です。警察では、強盗事件として身柄の確保を急いでおります』
逃走するところも見られているはずだし、車の割り出しも済んでいるだろう。早く出頭して、少しでも罪が軽くなるならその方がいい。
それにしても……。
妙な違和感と共に、私はラーメンのスープを飲み込んだ。
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