第36話 霊核を獲りに行く

今日は、原始の森に霊核を取りに行く日だ。昨日の夜、ステイシーさんは必要なものを全て準備してくれていた。柱の陰からデラミスさんが覗いていたから、おそらく彼も手伝ってくれたのでしょう。


クリップさんもダメって言うかと思ったのに、あっさりOKを出してくれたみたい。心が広いというかなんというか。


朝食を食べてから外に出ると、すでにクロが来ていてお出迎えしてくれた。でも、私がステイシーさんと一緒に出てきたのを見て、『ご主人様の隣ハ、私の場所ダ。小娘は後ろかラ、ついて来るがよイ』って不機嫌そうに言うもんだから、ステイシーさんも『犬ころは骨をあげるからお留守番してなさい!』って反論していきなり険悪ムードになっちゃった。


とりあえず二人? を落ち着かせて出発することにしたけど、何とか仲直りしてくれないかな……


「それで、どうやって原始の森まで行くの? 馬車なら2時間くらいでいけると思うけど」


 そうか、ステイシーさんには話してなかったね。私が飛べることを。


「空を飛んで行きます」


「そっか、空ね。空を飛ぶなら早く着きそうね」


 おや? もっと驚くかと思ったのに今回は平気みたいね?


「我が主ヨ。我は空を飛んだことがないのだガ、大丈夫であろうカ?」


「クロは空を飛ぶのが怖いみたいね。大丈夫、慣れれば平気だよ!」


「一応、信じル」


 それじゃあ、ちゃちゃっと行っちゃいますか。


「"冥支配シェイドルール"起動!」


 冥の力で重力を操り、二人と一匹の体重を0にする。ふわりと浮かぶ二人と一匹。


「キャー、キャー、何!? なんで!? 浮いてる。浮いてる―!!」


 空を飛ぶのを受け入れていたはずのステイシーさんが大騒ぎしている。なぜ?


「ちょっと、チェリ-! 空を飛ぶって冗談じゃなかったの!? ギャー!」


 ああ、そういうことか。


「冗談ではありませんよ。このまま一気に飛んで行きますね」


「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ……」


 クロ。どこでそんな言葉覚えたの……


「じゃあ、行きますよ!」


 そう高らかに宣言して、進行方向に引力を持つ玉を創り出す。それに引っ張られるように動き出す二人と一匹。そしてその玉を前方に動かし、徐々にスピードを上げていく。最終的には時速100kmくらいまであげると……


「ギャーーー!! 死ぬーーーー!」


「ナンミョウホウレンゲキョウ、ナンミョウホウレンゲキョウ!」


 お腹を上にして海老反りになりながら時速100kmで空を飛ぶお嬢様。何て器用なんだ。


 最早、何の宗派を信仰しているのかわからないクロ。それもどこで覚えたの?


 風圧に耐えられるように"風支配ウインドルール"も起動して、身体全体を風の霊子エネルギーで覆っているけど、誰もそんなことに気がついていないみたいね。


 その状態で一時間弱。原始の森の手前に降り立ったステイシーさんとクロは、仲良くぐったりとしている。


「もう二度と空を飛びたくないわ」


「我モ、その意見に賛成であル」


 そう言って二人はがっちりと握手をしている。よくわからないけど、仲良くなってよかった!





 原始の森は商業都市サマリウムの北東、王都セデスの南に位置する広大な面積を誇る大森林である。その名の通り、多くの古代種が生息しており、私達の目的であるゴールデンライオネルもライオネル族の古代種に当たる。


「初めての冒険。ドキドキするわ!」


「主より与えられシこの力、今こそ役立てるとキ!」


 二人とも気合いが入っているね。今、霊力を広げてみたけど、近くにいるのは初級から下級の霊獣ばっかりみたいだね。みんな初めての冒険だから、最初は中心部を目指しながら弱い霊獣と戦って、少し戦闘に慣れようかな。


「じゃあ、中心部を目指しますが、途中にいる霊獣も適当に狩りながら行きましょう。ほとんどが初級や下級なので、すでに上級に近い力がある二人なら落ち着いて戦えば余裕で勝てると思いますので」


「はーい!」


「我、承チ!」


 やっぱり予想通り、この辺りの霊獣は二人の敵ではなかった。初級の霊獣、素早さだけのスモールラビをあっさり捕まえ、おいしそうに食べるクロ。食べられているラビを見て、ミルクを思い出してちょっと切なくなる。


 ステイシーさんは自分の3倍もあろうかという下級の霊獣、ジャイアントボアを正面から一刀両断している。まだ、強化魔法使ってないのにね。


 立ち塞がる霊獣を倒しながら中心部を目指す二人と一匹。中心に近づくにつれ徐々に霊獣の強さが増していく。


「せい!」


 ステイシーさんは今、ブラッドベアラーの上位種、デビルベアラーと戦っている。この中級の霊獣はステイシーさんの初撃を躱し、カウンターで自慢の爪を振り下ろした。そのカウンターをさらに躱し、デビルベアラーが体勢を崩したところで、振り下ろしたばかりの右腕を切り落とす。


 中級クラスになってくると、一撃で倒すというわけにはいかなくなってきているようだ。クロも猛毒を持つ中級の霊獣、ポイズンスネーキ相手に、毒を警戒してか攻めあぐねている。


「うんうん、いい練習になってるね」


 それでも段々慣れてきたのか、このレベルの霊獣は苦もなく倒せるようになってきた。そして、中級の霊獣になれてきた頃、上級の霊獣が姿を見せ始める。


「ステイシーさん、クロ、上級の霊獣には一対一で戦わないように。慣れるまでは二人で一体を相手にしてください」


「わかったわ!」


「了解でござル」


 クロのボキャブラリーの豊富さに驚きつつ、二人が素直に指示を聞いてくれることに感謝する。おかげで私はまだ一度も戦闘に参加していません。えっ? 楽をし過ぎだって? いいんです。私は学者ですから!


 なんて思っていると、先ほどステイシーさんが倒したデビルベアラーのさらに上位種、上級の霊獣アースベアラーが目の前に現れた。その名の通り、地属性で"地協力者アースパートナー"のギフトを持っている。


「クロ、強化魔法を使って一気に片をつけるわ。それまでの時間稼ぎをお願い!」


「我、承チ!」


 いつの間にか二人の連携ができあがっていて、上級相手にも互角以上の戦いをしている。


 クロが持ち前のスピードでアースベアラーを翻弄している。ヒットアンドウェイで攻撃するが、アースベアラーは"地協力者アースパートナー"で耐久力を上げているので、クロの爪や牙が通らない。


しかし、クロはとどめはステイシーさんだと決めているようで、攻撃が通らないことはさほど気にせず、陽動に徹している。


(何だかんだでいいコンビになってるみたいね)


 クロに攻撃が当たらない苛立ちで、動きが雑になっているアースベアラーに、強化魔法で攻撃力が倍になっているステイシーさんの一撃が炸裂する。しかもステイシーさんはクロと重なるように動いているため、アースベアラーは突然現れたステイシーさんの動きに、全く対応し切れていない。


 ザシュ!


 さすがに耐久力が増したアースベアラーの毛皮は硬く、一刀両断とはいかなかったが、左肩に剣が埋まるくらいまで食い込む傷を負わせることに成功した。


 そこにクロが戻って来て、執拗にその傷口を攻める。斬られた痛みとクロの執拗な攻撃に集中力を切らしたアースベアラーは、次のステイシーさんの突きを躱すことができず、喉元に剣を突き立てられ絶命した。


 この同格相手の戦闘がステイシーさんを急激に成長させている。そして、倒したアースベアラーを食べたクロが……


「ご主人様! この霊獣を食べたラ、霊力の上限が上がったような気がすル」


 クロが、そんなことを言い始めたので確かめてみると、確かにもう限界かと思われた霊力の上限が、余裕のあるものへと変わっている。


 つまりクロは同格以上の霊獣を食べることにより、上限をアップさせることができるというわけだ。この状態なら、もう一度、霊獣同士の合成に耐えることができそうだ。

 霊獣同士の合成は大幅なパワーアップが期待できるから、よく考えて合成してあげよう。


 さらに中心部に近づくにつれ上級の霊獣が多くなっていく。さすがにステイシーさんもクロも疲れが見え始めたので、ここで私も参戦することにした。


 まずはポイズンスネーキの上位種、巨大なデビルアナコンダ。この上級の霊獣を気づかれることなく三枚おろしにしてやった。クロが、その毒蛇の毒袋を器用に避けて食べている。


 続いて、珍しい"闇協力者ダークパートナー"を持つ羊。眠気を誘ってくるが、"支配者ルーラー"の私にはもちろん効かない。ちょっとかわいそうだけど、一撃で斬り捨てる。はい、またクロが食べてます。


 そしてついに、私の広げた霊力に目的の獲物が引っかかった。


「ゴールデンライオネルを見つけました。周りにシルバーライオネルが四頭いますね」


 目的の獲物を見つけたので、逃げられないようにしっかりと作戦を立てて戦おうと思う。そうだね、この森に入って初めての最上級の霊獣だから、まずは二人で戦ってもらいたいな。周りのシルバーライオネルは全部私が引き受けるから。


「私がシルバーライオネルを引き受けますので、二人でゴールデンライオネルを倒してください!」


 ちょっと厳しいかもしれないけど、格上と戦うことはそれだけで強くなれるから、頑張ってもらいましょう! いざとなったら私が何とかするからね。


「ちょっと怖いけど、やってみるわ。チェリーがいれば何とかしてもらえると思うから」


「我モ、我が主を信じるのミ」


 よし、二人ともやる気になってくれたから頼みますよ!


「では、行きましょう!」


 まず私が"雷支配サンダールール"を起動し、四頭のシルバーライオネルに回避不能の巨大な稲妻を落とす。その一撃で四頭のシルバーライオネルが黒焦げになった。


「さあ、どうぞ!」


 せっかくのチャンスになぜか固まる一人と一匹……とゴールデンライオネルもだ。


「おーい、みんなー戻っておいでー」


 私の呼びかけに——


「「ハッ!?」」


 同時に我に帰る一人と一匹と一頭。


 そしてこの戦闘では、少々予想外の展開が待ち受けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る