しんじょに

 Kさんは仕事で初めて訪れた町を目的地に向かって歩いていた道中、お寺の前を通りがかりました。

 Kさんがふと門前にある掲示板に目をやると、そこには一枚の紙が貼られていて、赤い筆文字で、


 しんじょに


 とだけ書かれていました。

 赤色の文字、たったの一言、意味のわからなさ、それで印象に残ったそうです。


 その日の晩、Kさんは夢の中で、知らない和室で正座していました。正面にはこれまた知らない老人が座っており、顔を俯かせ、ぶつぶつとなにか呟いていました。女性の声でした。軽く身を乗り出して耳を澄ますと、


「しんじょに しんじょに けに けに かいないや しんじょに しんじょに ちこの もうてい……」


 ガバッと、急に老婆が顔を上げてこちらを見据えてきました。Kさんはビックリしてのけ反り、そのまま後ろに倒れ、そこで目を覚ましました。


 これが3日続いたので、ただ事では無いかもしれないと思い、Kさんは再びお寺に向かいました。

 門前の掲示板には、相変わらず「しんじょに」の文字。住職を訪ねて事情を話すと、住職は大慌てで門前へ走っていき、「しんじょに」の紙を剥がしてビリビリに破いてしまいました。

 それからKさんに何度も頭を下げ、謝罪されたそうです。

「申し訳ありませんが、事情はお話しできません。今すぐに忘れてください、というのは難しいでしょうが、意識しないように。この言葉が思い浮かんだら、すぐに別のことを考えるようにしてください」

 それから御加持いただき、以降は夢に見ることも無くなったそうです。

「もう20年以上昔のことですが、この話をしてしまったので、今晩あたりまた夢に見るかもしれませんねぇ」

 Kさんはそう言って苦笑いを浮かべていました。

 皆さんも、「しんじょに」の言葉が頭に浮かんだら、すぐに他のことを考えるようにしてくださいね。

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