悪役皇女は聖女様に養われたい
桜ノ宮天音
第1話 悪役皇女になりました
シエル・アルマ・ウィステリア。
ウィステリア帝国の第二皇女という血統による地位だけでなく、神から特別な力を授けられた天才。
頭脳明晰、容姿端麗、身体能力も魔力も秀でていて、逆に何を持ち得ないのかと問いたくなるほどに満ち溢れた才能。
しかし、そんなシエルにも持ち合わせないものは存在した。
彼女が持ち合わせなかった――いや、輝かしい才能と引き換えに捨ててしまったもの。それが人望だ。
シエルは自らを特別だと自覚してから他者を見下すようになった。
自分以外はすべて有象無象で、他人はただの道具。
帝国の上層部や家族らの思想にあてられてみるみるうちに歪んでいく性格。
冷酷。残忍。悪の限りを尽くしても自分さえよければなんとも思わない非情な心。
そんなシエルは腐った帝国とともに破滅を迎える。
この物語がシナリオ通りに進んだら迎えることになる運命。
それが原作の辿る未来――――だった。
◇
「……よりにもよってシエルか」
透き通った声が部屋を突き抜ける。
尋常じゃない頭痛と共に目を覚ました私は、自分が転生して、シエル・アルマ・ウィステリアになってしまったのだと理解した。
窓にうっすらと反射する自分の顔。白髪のショートヘアでキリッとした威圧感のある目。鼻も高く、顔のパーツすべてが完成しきっていて、思わず見惚れてしまうほどに容姿端麗。
とある小説に登場するシエル・アルマ・ウィステリアのご尊顔そのものだった。
その顔を見て、私は複雑な心境になる。
転生前の名前だったり、年齢だったり、所謂前世の記憶はなぜか思い出せない。分かるのは自分が転生者であるということと、このシエルが登場していた原作小説のストーリー。そして、頭痛と共に流れ込んできた、シエルが今日まで生きてきた記憶。
そして、原作シナリオによると私は破滅する運命にある。
シエル・アルマ・ウィステリア第二皇女。ウィステリア帝国の皇女であり、神に選ばれた特別な人間。
その特別に酔いしれて性格を歪ませたシエルは、最悪の皇女と悪名高い存在になり、自国にも他国にも恐れられるようになる。
自分以外の人間をゴミのように扱い、平気で掃き捨てる。
自分が楽しければ、他人がどうなろうと一向に構わない。
そんな冷酷非道な人間に私はなり……やがて見放されて、孤独の中殺されて死ぬ運命にある。
私は……敵だ。
主人公に倒されて、報いを受ける。いわゆるざまぁされる敵キャラだ。
大好きな小説の舞台に転生できたのは心躍るが、転生先がよりによってバッドエンドまっしぐらのクソ皇女なのはいただけない。
シナリオ通りの運命は到底受け入れられない。
じゃあ、どうするか。私がなんとかして国を変える?
「いや……無理でしょ。国を変えるとかそもそも面倒くさいし、もし変えるにしても根っこから一新しないといけないからなぁ」
はっきり言って帝国は腐っている。シエルがクソみたいな性格に染まった要因でもあるだろう。
国を変えるためには相当な時間が必要。それか、私の力で上の人間を大虐殺するという手もあるけど……それをやったら他国との戦争が負け確になりそうだし。
「戦争……か。史上最悪の皇女として君臨するのは嫌だなぁ」
心躍るファンタジーな舞台とはいえ、進んで争いを引き起こしたいわけじゃない。
力はあるけど、むやみやたらに使っては最悪の皇女シエルと何も変わらない。
シエルという神に選ばれた特別な存在がいるから、帝国は嬉々して他国に戦争を仕掛けることができる。原作でもシエルはいくつか国を滅ぼしたりしていた。
結局、帝国は私がいる限り、他国に戦争を仕掛けまくるだろうし、勝っても負けても争いの火種は生まれ続ける。ということは……シエルに転生した私が、この皇女様を綺麗に動かしたところであんまり意味はないのかもしれない。
「そうなると……さっさと帝国を捨てて、どこかに消えるのが吉……か」
正直言って、ウィステリア帝国への愛着はほとんどない。
なんとかして破滅を免れたい私だけど、この帝国にいて運命を変えられる未来が想像できない。
だったら、こんな腐った帝国は捨ててやる。
どのみち最終的には負ける国だ。早いうちに勝ち馬に乗っかっておいた方が賢明だろう。
それに――この世界に来たからには会いたい人物がいる。
未来で破滅する私は原作小説の中では敵キャラ。そして、敵を倒すのは主人公と相場は決まっている。
「この物語の主人公。マルシアス王国第二王女にして聖女――アカセット・フィズ・マルシアス。本来なら私を倒す宿敵みたいな存在なんだけど……」
はっきり言って私は彼女――アカセットが好きだ。どうせならアカセットに転生したかったとさえ思っている。
でも、アカセットに会える。推しに会いに行ける。
そう思うと不思議と活力が湧いてくるような気がした。
しかし、問題があるとすれば……。
「アカセット……王女か。会えるか?」
本の中の物語を外から眺める分には身分の差などはなんの障壁にもならなかったけど、この世界ではそうはいかないだろう。
いきなり訪れて王女に会いたいと言っても怪しいだけだし、さらに私は帝国皇女という完全に敵なわけで……。
あれ、これ詰んでる?
まぁ、いいや。なんとかなるでしょ。
だってシエル《私》……最強だし。
せっかく推しがいる世界なのに、会わないなんて損が過ぎる。
そして、アカセットは聖女。聖女は慈愛に満ちている。ということは、困ってる私を見捨てない……はず。
うん、そうに違いない。
やっぱり頼るべきはアカセットだ。
なんとかアカセットに接触する機会を作って、逃げてきた私を匿ってもらえないか頼んでみよう。
そして、あわよくばそのまま養われたい。うへへ、推しに養われる何一つ不自由ない異世界生活……もしや最高か?
よし、そうと決まれば善は急げだ。
とりあえず逃げる準備しながら、原作の流れの再確認でもするか。
◆
シエルが今日まで生きてきた記憶を活用して、家出……もとい亡命するために必要なものを集めた。
この世界はファンタジー世界ということもあって、当然魔物など危険な存在もある。
シエルとしての能力があれば魔物なんて大して怖くもないのかもしれないけど、一応中身が私という別人になってしまったので、用心として武器をくすねておいた。
武器庫にはいろいろあったけど、とりあえずは作中で少しだけ使っていた描写があったので、細剣を選んだ。当然剣なんてものを使ったことはないので、出番がないことを祈る。
そして、隠密効果のあるローブと、変装用のチョーカー。
壮大な家出をするので気付かれてはいけない。気配を消して、髪や瞳の色なども違うものにして、バレないようにしたい。
それとちょっとした着替えと、携帯食料と飲み物。あとお金。
マルシアス王国を目指す道中何があるか分からないし、最悪野営とかもしないといけないはず。
まあ、そこらへんはどうにでもできるか。
とりあえず逃げちゃえばこっちのもんだ。
そんな軽い気持ちで窓に足をかけて飛び降りる。
気配を消して、皆が寝静まった夜の街を駆ける。
ふと空を見上げると、一筋の星の光が空を流れていった。
私はその綺麗な流れ星を追いかけるように、振り返らずに走った。
――待っててね、アカセット。意地でも絶対養ってもらうからね……!
悪役皇女は聖女様に養われたい 桜ノ宮天音 @skrnmyamn11
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