track #43 - Forever Love

 アタシは今、日本に来ていて愛した人の名前が刻まれた墓石の前で手を合わせている。

小野瀬はもういない。

事故だった。暗い夜道をバイクで走行中、脇から飛び出してきた野生動物をスピードを上げすぎていたせいで避けきれなかったようだと警察は結論づけた。

アタシはあいかわらずニューヨークで暮らしているが今日は彼の誕生日で、彼の実家近くの墓地に来ている。彼が本当はどこで眠りたのかわからないが、彼の母親がそうしたいと言ったから、彼はここにいる。

 アタシの時は止まっている。

5年たっても彼を忘れるなんてできそうにない。

何かを伝えたいわけでもないが、ただ墓石にむかって手を合わせて目をつぶっている。それはただの石で彼ではないのはわかっている。

 コツコツと石畳を鳴らすヒールの音が徐々に近づいてきて、アタシの横で止まった。

同時に人の気配を感じて、目を開けて、右側を見るとサオリだった。

サオリも同様に墓石に向かって手を合わせている。顔半分覆うほどの真っ黒なサングラスで表情は伺えない。

「かっこつけないで、平和に暮らしてればよかったのにね」

顔は前を向いたままで合わせていた手を下ろしてサオリは言った。

アタシは彼女に返す言葉はなく黙っていると、

「仕事辞めるのもバカだよ、あんな思いまでしてまでつかみ取ったのに」

と、続けた。

それを聞いたアタシの脳内は言いたいことであふれたが、彼女に何を言っても伝わらないと思い、言葉を発するのは辞めて、ただ墓石を見つめた。

確か数年前もこんな風に彼女に感じたことがあった。サオリとは価値観や考え方が違うのは以前から実感していた。

何とも言わないアタシに向かってサオリは強い口調で言った。

「私は間違ってない。今までやってきたこと、全部、私は自分の決断で、間違ってない」

脈絡もなく意味も不明だが、何を言いたいかはわかるような気がして

「サオリちゃんはサオリちゃんだから」

としか返答できなかった。アタシの発言があまりにあっさりしたものだったからか

「私のこと、なんて聞いてたかわかんないけど、私はちゃんと直樹のこと好きだったよ」

と、また突然話が変わった。彼女がアタシの方を見ていたのには気が付いていたが、アタシはただ前を見ていただけだった。それにどう返事したらいいというのか。

小野瀬が今それを聞いたとしても事実は何も変わらないし、実際、彼にはもう聞こえない。

アタシ達の間に沈黙が流れた。

「アイ、もう行かんと───」

その沈黙を破るようにアタシを呼ぶ声が聞こえ、サオリに背を向けてその場を去ろうと1歩踏み出した。

「小野瀬くんもサオリちゃんのこと、ちゃんと好きだったと思うよ」

とだけ言って歩き始めた。

サオリの表情はわからないし、その言葉をどう受け取ったかは分からない。アタシ自身なぜそんなことを言ったのかはわからない。


 墓地から移動してシンガーをしていた頃に知り合いになったバンドが毎年行っているチャリティライブに参加している。

10年ぶりくらいにステージに立って歌うのだが、アタシがシンガーだった頃の曲なんてもう誰も覚えていないだろう。

 アタシは小野瀬を失ってから、どうにか彼を取り戻したくて彼と作るはずだった曲のデータを取り出し完成させた。

リリースするわけでもなく、ただその作業に没頭するだけで彼の存在を感じられた。

だけどもちろん、彼は戻ってこない。

月日が経つにつれて、彼のぬくもりを忘れ、顔や姿もぼんやりとしてくる。忘れたくないと思えば思うほど、忘れていく。記憶がおぼろげになっていく。

アタシも泣かなくなっていく。

愛してる人を忘れていくなんて、アタシは残酷だ。

 アタシの出番になり、彼が窓際に残したギターを抱えて、ステージ中央に立った。

ざわついた満員の観客がアタシに注目している。

ギターを鳴らし始めると会場は静まり、ライトがアタシを強く照らした。

きついライトの光で視界は真っ白になり、たくさんの観客にぼんやりとモヤがかかりだし、スモークのせいかいそれらは次第に見えなくなり白い別世界にいるようだった。

アタシは一言一言リズムにのせて発するが、人の熱気とライトの光で熱くて体が火照り、緊張と興奮が相まって平常心ではなかった。

不思議な感覚が全身を覆い、初めてスタジオに入った頃の彼とアタシが目の前に現れた。彼は微笑んで、そこにいるアタシも彼の笑顔に魅了されている。

アタシは幸せそうな2人を歌いながら見ている。


 小野瀬は自分の身に起こったことで悩んだりはしていなかったが、心の片隅にしこりはあって、スターであることに後ろめたささえ感じていたという。本当は自分に才能なんかなくて、あの加害を乗り越えたから用意されたポジションだっただけで、自分自身が虚構だったのではないだろうかという思いを抱えながら活動していたとインタビューで述べていた。

決してそんなことはない。

彼はたくさんの人を明るくし、楽しませた。

彼の笑顔はアタシにも元気をくれた、暖かいキモチにしてくれた、幸せにしてくれた。

彼の勇気は確実に世の中を変えた。Kashyk Entertainmentキャッシーク エンターテイメントは消滅したし、告発した人達に対してのケアが始まった。

場所を変えて同じような訴えは次々と出てくるし、それらを批判するSNSも止まってはいない。まだ悪ははびこってはいるし、すべての人間が幸せだとはいえない。世界はたくさんの問題を抱えている。

だけど、彼が子供の頃よりは、彼がスターだった頃よりは、ちょっとはマシな世界になっている気がする。そう信じたい。

 小野瀬直樹は本物のスターでヒーローだった。

そんな彼に愛されたことをアタシの自信にして、生きていく強さに変えるしかない。

そしてこの厳しい世界を生き抜いていかなくてはならないのだ。


涙が頬を伝うのを感じたて我に返り、アタシは1曲歌い終えた。

たくさんの拍手がアタシに降り注いだ。



The End

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