track #41 - The New Centurions

⚠ 過去に被害にあった人が登場します。そのものの描写はありませんが想起させてしまう可能性があります。ご注意ください。


◆◆◆


 Kashyk Entertainmentキャッシーク エンターテイメントを告発している人物は10人を超えた。調査中ということで実際の数字はわからない。

年齢もバラバラの彼らは、注目の練習生としてKashykキャッシークのファン向けの会報誌に顔を出していた人もいたが、結局デビューはしていない。だから『デビューさせてもらえなかったから腹いせだ』とか『売れなかったから僻みだ』とか被害者である彼らは常に批判を浴びている。

 報道が始まって少したってからアタシ達より少し年上の人が告発者の1人になった。彼はネットのニュース番組に生出演して『デビューしている自分も被害を受けている、デビューしてる、してないは関係ない』と、涙ながらに訴えた。

しかし、告発者への誹謗中傷はやむことはなかった。

 小野瀬はその番組を見て自分も何かしなくてはと思ったらしい。

番組の中の先輩は自分が練習生だった頃には輝いていて、事務所で見かけたりもしたので、そんな身近な人物が勇気をもって告発したことに感化されたようだった。

その先輩は4、5年グループで活動したのだが体調不良を理由にグループを脱退し引退していて、それからすでに10年以上たっているため、Kashykキャッシークの歴史に詳しい人以外の現在の知名度はない。

小野瀬は自分はスターだったこと、引退した今でも多少の影響力が残っていることを自認していて、自分が訴えれば世の中が変わるかもしれないと思っている。

確かに小野瀬の発言は今まで告発した誰よりも注目を浴びるだろうし、説得力もあるだろう。そして好感度が高かった彼なら革命が起こせるかもしれない。

 だけどアタシは反対だった。

大きな権力に反旗を翻すこととと、あまりに注目度の高い話題に乗っかることはリスクが大きい。それはDEAR STARディア スターの一件で思い知っている。

「勇気は素晴らしいけど、でも……アタシは心配で……」

「今正しいことをしないと、オレはきっと一生後悔する」

アタシが辞めるように促しても、彼の決意は固く揺るがない。

約束した通り、アタシは彼を守る、幸せにする、それを貫くしかないようだ。


 アタシのイングランドに住んでいる父親は心理学の研究をしている。そのつてを伝って、日本人でアメリカに住んでいる精神科医を紹介してもらった。フィラデルフィアの病院に勤めていてニューヨークからさほど遠くない。

「オレは平気だよ。ずっと忘れてたことだし、悩んだりしてないし」

と、彼は言うが、専門家に診てもらうべきだと説得した。

もしかしたらアタシが1人で支える自信がないから助けを求めたのかもしれない。

 実際ドクターに会って、事情を話して見解を聞くと、人間は長い人生を言い抜くために『忘れる』という機能が備わっているが、それは『本当に忘れた』のか『忘れようと記憶の底に隠している』だけなのかはわからないという。ふとした時に『忘れたつもり』になっていた悪夢がよみがえったりもする。人間は優秀だがとても複雑で、外傷と違い、心の傷は治療はとても難しいと教えられた。

医師の話を聞いて、アタシは小野瀬の勇気ある行動をよりいっそう辞めさせたくなったが、彼は何かあった時はこの医師を頼りにすればいいとさらに勇気をもらったようだった。


 どのように告発すべきか相談するために浜野を紹介した。

アタシと小野瀬はダイニグテーブルでラップトップを広げ、浜野とオンラインで今後の計画を練った。

きっと大きな反動が起こることが想起されるのでメディアと人権に強い弁護士と、虐待に関する事案に強い弁護士を浜野が紹介してくれることになった。現在住んでいる地域がニューヨークなのでこちらの弁護士も用意すべきということで、それは父に紹介してもらうことにした。これで外堀は埋まった。

 どこかしらの紙面で手記を発表するか、インタビュー形式にするか、一方的に告白している様子を自分の持っているSNSに流すか、手段をどうするか検討した。

小野瀬はなるべく説得力があり信ぴょう性が疑われない方法をとりたいが、いくら台本があっても1人で話すのは気が進まないようだった。トップ俳優だった彼をもってしても、このような案件で本音を話すにはたじろいでしまうのだと感じた。

 結局、浜野がもともと編集長をしていた雑誌に、インタビュー形式の告発を掲載することにした。このオンラインミーティングの3週間後にそのインタビューが行われることとなった。


 小野瀬はいつもギターを弾いている日当たりのいい窓際の1人掛けのソファーに座って膝にNekoを乗せていた。

あまりにもセンシティブな内容なので、なるべく少ない人数にとどめるべきだと、浜野はカメラマンも連れずに弁護士を伴っただけで1人でインタビューにやってきた。雑誌の編集部には小野瀬の名前は伏せた状態で記事を載せるスペースを確保だけしていた。そんな彼女は小野瀬の前にダイニグから移動させたイスに座った。

「気持ちのよい場所ですね」

浜野は日差しを浴びた小野瀬に向かって言うと、彼はニコリとしてうなずいた。

アタシは少し離れた場所から弁護士と医師と共に彼らを見守った。

 インタビューは2時間程だった。

その間、真剣な表情のときもあれば、笑い合ったりしている瞬間もあった。被害について触れたときは目が熱くなるのを感じたが、小野瀬の毅然とした態度を見ていると自分が泣くわけにはいかないと強く思った。

インタビューを終え、浜野は立ち上がり

「あなたのような立派な方に出会えたことで、私は初めてこの仕事を選んだことに誇りが持てました。ありがとうございました」

と、言い、体を折り曲げて深々と頭を下げた。

一回り以上の年上の彼女のその様子に驚いたように

「そんな、そんな立派なもんじゃないっす。正しいことをしたいだけなんで」

と、返答した小野瀬の表情は達成感に満ちた笑顔だった。

そしてアタシのところに寄ってきて

「よかったかなぁ、緊張しちゃったんだけど」

と言ったので、アタシは

「小野瀬君はスターからヒーローになったね」

そう言って彼の両手をとって握りしめた。

「それは言いすぎだろ」

照れた表情を浮かべながら彼は言った。

やりきった彼は真のヒーローのように輝いて見えた。

アタシの小さな正義感などではできないほど、比べものにならないほどのとても大きなことを成し遂げようとしている。

アタシは彼を誇りに思うと同時に、正しいことをすることの困難さを痛感した。

この記事が公になれば、何も起きない穏やかな日常は奪われてしまうかもしれないが、アタシと彼ならきっと乗り越えられると確信している。

そしてまた平穏な日々が戻り、アタシ達の絆はさらに深まると期待している。


◆◆◆


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