track #30 - ENDINGS,BIGINNINGS②

 SNSの炎上具合は圧巻だったが、こんなことに時間を取られるのがバカバカしく思えて寝ることにした。2時間後には年が変わるが、スウェット姿で独りのアタシにはそんなお祭りは関係なく、いつも通りの361日分の1日に過ぎなかった。

独りきりのベッドにももう慣れた。

いつからだろうかと今年を振り返ってみたが睡魔に邪魔されて、その答えは見つからない。

 枕元に置いているスマホが振動して、目を覚ました。

アタシはどうやら寝落ちていたようで、寝ぼけた声で電話に出た。

『なんかヘン、風邪?』

と、その声に反応したのは小野瀬 直樹おのせ なおきだった。

「違うの、寝てたの」

『え、もう寝てたの? ごめん』

アタシの行動が予想外だったようで謝った彼に

「いいの、やることなくて寝てただけだから」

とアタシが言うと

『今年1番に話たいなと思って』

彼がそう言ったのでチラリと時計を見ると新しい年を越えて2分経っていた。素直な彼の言葉にアタシの目は覚めたが、どう反応したらいいのかわからず

「ありがとう……でいいのかなぁ、なんて言ったらいいか……」

と言うと彼が話し出した。

『じゃぁ迎えに行くから住所送って』

「は?!」

『やることないんでしょ? 日の出見に行こ』

「え? 今から?」

『うん、これからだよ日の出は』

彼の大胆な提案に押されてアタシはウチの住所をメッセージで送った。おしゃれはしなくていい、スカートじゃない方がいい、寒いから温かい格好でと言われて電話を切ったのだが、さすがに部屋着にボサボサの髪ではまずいと思って、慌てて身支度を始めた。

住所を送った際に15分くらいで着くと返信が来ていたので、化粧から始めたのだが、<着いたよ>とメッセージが来た時にはまだ髪はボサボサのままだった。ヘアウォーターを全体にまいて手櫛でなじませ、その上からフーディーのフードをかぶってごまかした。アウターは1番温かいダウンジャケットにして家から出た。

 家の前にいたのはバイクを携えた小野瀬 直樹だった。

「バイクなんだね……」

これまた予想外の出来事にあっけにとられていると

「そ、オレの1番のお気に入り」

と、言ってヘルメットをアタシに渡した。怖いとも言い出せず乗り方のレクチャーを受けて言われるがままに彼の後ろに乗った。

「手、離しちゃダメだからね」

と、彼は念を押したので

「離したくても離せないと思う」

アタシがそう緊張感たっぷりに言うと彼は大きく口を開いて笑っていた。

 最初のうちは前から受ける強く冷たい夜風と恐怖心で目をつぶっていたが、次第に身体も心も慣れてきたのか目を開けられるようになった。流れていく夜景が輝いていて、風もキモチ良く感じる。去年あったいろいろなことが整理できるような感覚だった。何より彼の後ろはとても安心感があった。

 1時間半くらいで目的地の海についた。

「怖かった?」

信号で止まる度に後ろに振り返ってアタシに聞いてくれていた彼がバイクを降りてからも聞いた。

「うん、最初はね。でも途中から安心して夜景見てたよ」

初めてのバイクに興奮したアタシが、最初とは全く違った高いテンションで言うと彼はうれしそうだった。

「でも、ラブちゃん、問題がある」

「なに?」

「日の出まで時間ありすぎて……」

無計画に走り出したアタシ達はそのことに気がついていなかった。

予報では天気の問題はない、お互い予定もない、せっかくここまで来たのだから初日の出を見逃すわけにはいかない。

すぐ近くに見えているファミリーレストランで時間を潰すことにしてそちらまで移動すると、深夜だというのにさすがにお客が多かった。

 クラブで活動している時は、よく深夜のファミレスに来ていた。お腹がすいて途中で抜けてきたり、終わってから打ち上げがてら、仲間たちとよく行った。深夜のファミレスは若者が多く寝ている人もいる、酔ってい騒いでいる人もいる、客層が独特で少し懐かしい。

 アタシたちは飲み物とポテトとピザを注文した。

「夜中に罪悪感~」

と、彼は言いながらそれを食べていた。

「やっぱ気にする? うるさく言われる?」

アイドルたるもの体系維持にはさぞ気を付けているのか聞いた。

「いや、オレ、太れない体質なの。逆に役作りで体重増やすのがつらいのよ」

「じゃぁ本気で罪悪感なのはアタシだけじゃん。ずるーい」

と、返すと大きなリアクションで笑っていた。

 でも今日は不思議なほど彼は気がつかれずに過ごせている。まさか海沿いの深夜のファミレスにスターがいるとは思っていないだろうし、年越しのお祭り騒ぎに他人を気にもせずに夢中だからだろう。おかげで時折見せる彼のセツナイ表情は見なくてすんでいる。

アタシ達はいつの間にか『アイちゃん』『小野瀬くん』と呼び合うようになり、まだ知らないお互いについての話をして時間を潰した。


 いよいよ日の出の時間となり砂浜まで歩いた。

同じように日が出るのを待っている恋人と思わせるカップル、家族、友達グループなどで砂浜はいっぱいの人だった。さすがに彼は髪をグシャリと乱し、ポケットからサングラスを出してかけた。背が高く、消そうとしても消せないスターのオーラで目立たないようにおとなしくしていた。アタシもそのとなりで黙って水平線を見つめた。

 周囲が刻々と青白くなり、水平線にオレンジ色の光の線が走った。

右隣にいる直樹に目をやると彼の横顔は薄く明るい空気の中で光を受けて神々しくて、どうか太陽が出るまでのこの美しい一瞬を誰にも邪魔されず見届けて欲しいと願った。

新しい年の新しい太陽は顔出し始め、あっという間に全貌を現した。

アタシ達は気づかぬうちに手を繋いでそれを見つめていた。

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