track #30 - ENDINGS,BIGINNINGS①
撮影スタジオの楽屋でマサミにメイクをされながら昨夜からずっと気になっている件を聞いた。
「知らなかったの? 理想のカップルって一時期言われてたよ」
彼らは初めてツーショットを撮られて熱愛を報じられた時はもうすでにお互い人気の絶頂に達していた。サオリは同性のファンも多かったが、小野瀬においてはまだアイドル色の強い活動をしていたから異性のファンが多かったので、そんな状況を考慮したのだろうかお互いコメントは出さなかったという。肯定も否定もしなかったが、何度かツーショットを撮られたり、報道がでることで、しだいに2人の交際は暗黙の了解ということになっていった。やはりそれを引き換えに小野瀬はアイドルとしてのファンを減らすことになってしまい、同時にグループのスキャダルが出てソロ活動に移行したことで、売り方を変えた。それまでのアイドルらしくないドラマでの役柄や、硬派な今の風貌になっていった。
サオリのブランド力はすごく、『あのサオリと付き合えるなんてスゴイ』というように、小野瀬の価値も上げた。
多少黄色い声援は減ったかもしれないが、根強くアイドルとしての側面を引き続き応援するファンもいたし、アイドルには興味がなかった層も取り入れて、結果的にはアイドルでありながらアイドルの枠を飛び越えた新しいスターとして真に成功した。
「あそこの社長はヤリ手だから、ゴシップくらいじゃウチのタレント潰させねぇぞって」
と、マサミはこれまでの小野瀬とサオリについて教えてくれた。
「そんなウマくいってたのに何で別れたんだろ」
アタシが思わずつぶやくと
「理由は知らないけど。別れたことは認めたんだ、彼が。それで『あ、やっぱり付き合ってたんだね』って世間が改めて知ったんだよ」
アイドルでありながらそんな潔い彼の言動も好感を得たし、サオリの人気は変わらずで、2人の復縁を望む声は今でもあるという。
マサミはこの業界が長いのでよく知っていた。
数日後早速、小野瀬 直樹からデートの誘いがあった。
サオリとの件は気になったが、アタシはなんだかその誘いが断れなかった。むしろ心待ちにしていた自分に気がついて、戸惑っていた。
アタシはジョージのことを完全に忘れたわけではないし、小野瀬に恋しているわけでもない。サオリの顔もチラつく。淋しいだけなのか、スターにそれらしい言葉を言われて舞い上がっているだけなのか。自分のキモチを理解できてはいなかったが誘いにのった。
今回は前回約束した通り“アイドルが行くような店”で、都心の高層ビルの上層階にある焼き肉店。薄暗い店内にはうっすらとBGMが流れていて、窓際の席は東京の眩い夜景を眺めながら食事できるようにと、外に向かってテーブルとイスが並べられている。仕切りのある半個室風の作りでまるで2人しかいないような空間でスターも人目を気にせずに済む。
「普段はこういうトコでデートしてるの?」
アタシが意地悪く質問すると
「普段は外でデートしないよ。落ち着かないから」
彼はまたあのセツナイ表情で答えた。
「そうだよね……」
と言ったアタシの脳裏にはサオリが浮かんでいた。どこだろうと2人が一緒にいたら目立って仕方ないだろう。
「だから、ネットで調べたんだ。オレ、デートとかしたことないくせに誘っちゃったからさ。女の子が喜ぶって書いてあった」
まだ少しぎこちないアタシ達の間を気使うように笑顔の彼はアタシに言った。
彼がわざわざ調べてそんなことを真に受けてこの店を選んだと知ると、おもしろくて笑った。
「アタシはどこでも楽しいタイプだよ、楽しい人と一緒なら。元彼とは汚いクラブで一緒に過ごしてたしね」
「元彼ってラッパーでしょ? あの人かっこいいよね。ラップは詳しくないけど、かっこいいのはわかる」
「あぁ、うん、彼は日本で1番かっこいいラッパーだと思ってる。別れちゃったけどね」
まさかこんなふうに明るくジョージの話をできるなんて思ってもいなかった。アタシは確実にジョージを過去にしつつある。
次から次へと高級そうな肉が運ばれてきて、この前の定食屋のように彼はバクバクと肉を頬張る。多分このようなムードたっぷりのデート向きな店では、口説き文句を吐いて吐かれて、ワインなどの高いお酒を飲みながらお肉をつまみ程度に食べるのだと思う。それが“女の子が喜ぶ”と書かれた要因なのだと思う。
だけど彼は色気より食い気で、見ているだけで楽しかった。
「肉好き?」
食べっぷりの良さにアタシが思わず聞くと
「うん、まぁ、嫌いなモンあんまないけど……」
と、なぜそんなことを聞くのかとかいうような不思議そうな表情で彼が答えたので、
「じゃぁ、今度はアタシがオススメの店行こ」
と、クラブの仲間とよく一緒に行ってる値段も店構えも庶民的だけどおいしい焼肉店に連れて行こうと企んでいると
「もう次のデートの約束?」
彼はおいしいお肉でいっぱいになった口でニヤリとしながらモゴモゴと言った。アタシはまた彼と一緒に過ごしたいと思っているようだと、客観的に思った。
アタシはというと年末年始に余裕はあって、大晦日は家で独りだった。ママは旅行に出ていて、めずらしく家に独りだ。スタッフも休暇に入って誰からの連絡もない。
数年間ジョージと一緒にいた。独りで過ごす年末は何年ぶりだろう。初めてかもしれない。心にふと淋しさが訪れた。
きっとクラブに行けば誰かいる。ルミやマサトがカウントダウンライブをやってるはずだと思いネットで調べて今夜行くクラブの目星をつけたが、やはりそれはやめた。
今年アタシにはいろいろなことが起きた、イイコトも悪いコトも。とにかく疲れている。
独りでゆっくりと風呂に浸かり、だらしない格好でおもしろくもないテレビ番組を見て、好きなモノを食べて、飲んで、気ままに過ごそうと思いなおした。
数日すればまた忙しい日々が始まる。そのための小休止にしようと考えると自然と淋しさはなくなった。
思った以上にテレビはおもしろくなく、そうそうにやることを失ったアタシはネットを見始めた。あいかわらずアタシのSNSは燃え盛っており、コチラに休暇はなさそうだ。
週刊誌も休暇返上のようで、断続的に
あれ以来何も発信してないにもかかわらず藤堂 エリナもサンドバック状態で、彼女を否定するコメントが次々と増えていく。モデルである彼女がイメージキャラクターを務めるメーカーの不買運動まで始まった。きっとSNS上だけで実際やっている人はさほどいないだろうが、そういうことを言われるだけで、モデルとしての価値は落ちてしまう。
さすがに見かねたのだろうか、ケイが
<足踏まれて痛いって言われたらまずその足どけろ。どれくらいのケガか足を心配するのが普通だろ。もし疑いがあるなら判断はしかるべき場所でするんだよ。決めるのはおまえでもおまえらでもない、神にでもなったつもりか。>
と、めずらしくSNSに投稿していた。
ケイの大半のファンはこの彼の言動を“過激”ととらえただろう。でもケイは本来すごく乱暴な言葉だって使ってバトルに勝ってきたし、社会的なメッセージを発していた。アタシにとっては懐かしいケイなのだが、現状ではファンを失いかねない。
しかしそんなリスクを負ってまで発信したケイの心の叫びは、何かに操られ煽られている人々には通じない。御多分に漏れずケイも同じく炎上仲間となった。
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