第11話 遠回りこそが最短の道
少しの間、涙を流した今井。涙を手首で擦りながら、詩紋の方へと顔を向けた。
「……それで。何知りたいの?」
「事件が起こった時はどこにいたんですか?」
「一個下の階。先生にプリントを提出してて」
「その時に誰かとすれ違ったりしました?」
ひょこっと、詩紋の隣から小春が顔を出す。我慢できずに出てきてしまったようだ。
「うん。変な人とすれ違ったよ。体が大きくて、紫のパーカーを来てた。見た目的に男子だと思う」
「……はい」
紫のフードを着た男子学生。一回目のループの時にその情報は手に入れている。そして──。
「あ、手にチョークが付いてた。指先とかじゃなくて、手のひら全体に。ちょっと不思議だったから、覚えてる」
手にチョークを付けている。これも前回のループで確認済だ。
詩紋がまた今井に聞き込みをしたのは、情報を再確認するためではない。言いたいことを言うだけで満足はしていられない。もっと証拠となる情報が必要だ。
理科準備室の扉は閉まっていた。そして窓の手すりには特徴的なくぼみがあった。となると、犯人は楠木を殺害した後、ロープか何かを使って一階下へと降りたことになる。
「──手に付着してたチョークの粉は、どうなってましたか?」
「どうなってたか?」
「はい。真っ白のままでした? それとも──掠れてはいませんでしたか?」
「……あ」
ロープを使って降りたとなると、手が多少なりとも荒れるはずだ。予想ではあるが、チョークが手に着いていたのは──滑り止めのため。
二回目のループ時。盗み聞きをしていた際にこんな会話があった。
「今日のバスケなに懸ける?」
「ポカリ一本」
「それ昨日も同じじゃん。デカピタにしようぜ」
「あぁいいね。粉はなしだぞ」
──最後に出てきた『粉』。これはおそらくチョークの粉のこと。チョークの粉には滑り止めの成分がある。それをバスケで使えばグリップ力が上がってパフォーマンスが向上するのだろう。
つまり犯人はチョークの粉を手にまぶし、滑り止めとして使って下へと降りたのだ。手すりに白い粉が着いていたのはそのためでもある。
「確かに……真っ白じゃなくて、結構掠れてた!」
「よしよし……!」
「……あ、そゆことね。チョークの粉を滑り止めに使ってたんだ。そういえば現場にチョークが落ちてたね」
「え、そうだっけ──おほん。ちゃんと観察してるようだねワトソン君」
思い出してみれば、落ちていたような気がする。小春よりも現場を見てるというのになんで理解してないんだ。自分の無能さが本当に嫌になる。
……まぁそれはいい。とにかく情報は手に入った。
「ありがとう今井先輩。おかげでいい情報が手に入った」
「……うん」
頭を下げて歩き出そうとする──その前に今井が声を出した。
「ねぇ……名前は?」
「神代詩紋です」
「あ、私は垣花小春です」
「神代と垣花……ね」
──今度は今井が頭を下げる。
「お願い。犯人を捕まえて」
「……」
深々と。心の底からお願いしている。今の短い言葉の節々からそれが感じ取れた。
──詩紋は前回のループを思い出していた。自分が無遠慮に聞いてしまい、怒らせてしまった。大事な人が死んでるにも関わらず、あの時の自分はかなり無神経だった。
怒って当然だ。あれが自分の立場だったとしても、相手に怒るはずだ。
けど──今は違う。一回目や二回目の時のような気丈さはなく、ただ純粋に。今井は詩紋と小春にお願いをしている。
──捕まえてほしいと。──仇をとってほしいと。
やっと素直になってくれた。そんな今井に報いるためにも。詩紋は言う。
「──俺が必ず捕まえます」
心の底からの本音。今井が出してくれた本音に答えるため。詩紋は心に刻んだ決意を言うのだった。
* * *
「それじゃあ、次は紫のパーカーを着た人を探さないとだね」
「そうだな……そうだよなぁ……」
「? どしたの?」
順当にいけばそうなる。だが詩紋は順当な手筈を進んでいない。
犯人は平野だ。だから手っ取り早く平野に関する情報を集めなければならない。だが今は小春からすれば容疑者すら分かっていない状況だ。
そうなると、いきなり平野へと行き着くのに小春は疑問を持つだろう。そして小春ならその疑問の答えが出るまで詩紋に質問してくるはず。小春とはそういう子だ。
その時に『何回もループして平野が犯人と分かりました』と素直に言って、小春が信じると思うか。──信じるわけがないだろう。
つまり今からするのは詩紋からすれば、ただただ無駄な作業。時間をかけすぎたり、目立ちすぎたりすれば、また平野が襲ってくるかもしれない。
痛いのは嫌だ。小春が目の前で死ぬのも嫌だ。もちろんそれもある。だが気になることとして──ループの限界値がどこまでか、というのがある。
今の死亡回数は三回。これ以上死んだとして、また戻れるという確証はない。戻れなかったら本当の死──それだけは避けなければ。
時間は無駄にできない。ここからは最短ルートで平野を追い詰めなければ。
──考えを巡らせていた時、小春が何かを思いついたように顔を上げた。
「──あ、そんな必要ないや」
「え?」
突然の言葉に詩紋は小首を傾げる。
「いくら急いでいたとしても、三階からは犯人だって落ちたくなかったでしょ。じゃあ一番信頼できる結び方として、パッと思いつくのは何?」
「そりゃ固結び──あ、おかしいな。それだと」
理科準備室は鍵が閉まっていた。なおかつ、被害者が死亡してから発見されるまでの時間はそんなに長くない。
仮に固結びしてたとしたら、下からロープを回収する事は出来ず、一度は理科準備室へと戻らなくてはならない。
「つまり。犯人は咄嗟の状況でも、ロープを簡単に回収できる方法を知っていたことになる」
「考えられるのは──犯人が登山部って線か!」
「ふふん、今回は私の勝ちだね」
平野の部活は分からない。だが行く価値はあるだろう。二人は登山部の部室の方へと足を進めた。
* * *
「あるよ。ロープを簡単に回収できる結び方」
「──あるんですか!?」
たまたま部室にいた登山部の部長に話を聞いた二人。結果的に言えば、その選択は大当たりであった。
「見てな。ここをこうして──」
慣れた手つきで木材にロープを巻き付ける。小春はそれを理解したようだが、詩紋はチンプンカンプンであった。
──結びが完成。小春は「すごーい!」と手を叩いている。当たり前のようにしている部長に対し、詩紋は少しジェラシーを感じた。
「『ドゥロウヒッチ』っていってな。この結び方ならすぐにロープを回収できる。例えば長い方のロープを持てば──」
ロープが結び目と平行になるくらいに張ったり
「結び目がさらに縛られて、強度が上がるんだ」
「ほぇ……」
「じゃあ今度は短い縄を引っ張ってみると──」
──結び目は一瞬で解ける。力なく固まった縄の塊が地面へ落ちた。
「簡単に解ける」
「おぉ……これなら下の階でもロープが回収できる!」
まさに願っていた答え。ドンピシャの回答に詩紋と小春はハイタッチをする。
「じゃ、じゃあ、登山部の部員の名簿って見せてもらえまか?」
「ん? あぁ、いいぞ」
最高だ。後は名簿で平野の名前を見つけるだけ──。
──しかしことはそう上手くはいかない。部長が持ってきた名簿の中に平野の名前はなかった。
「この中で怪しいのは……同じクラスのこの子とか?」
「……あ、そ、そうかもな」
ダメだ。今のドゥロウヒッチは専門的な結び方だ。一般人が知るはずがない。
登山部でもない平野がドゥロウヒッチを知っているとは思えない。聞いたとしても『なにそれ』とシラを切られるに決まっている。
「くそっ……」
ここに来て手詰まり──と、ここで小春が口を開いた。
「あの、このドゥロウヒッチって登山以外で使われてたりってします?」
「お? いい質問だな。実はこれ登山よりも使われてる場所があるんだよ」
「……それってどこですか?」
「山とは逆の場所──海。船の上だよ」
──船の上。その言葉に詩紋の脳髄は反応した。
言っていた。思い出した。確か二回目のループの時。
「気になることなんて言われても……あいつ影薄いし接点ないんだよ。オマケに、喋れば『俺の親父は船の船長でー』とか『俺は全日本研究発表会でー』とか自慢してくるし。嫌いなんだよ」
なんてことを平野と同じクラスの奴が言っていた。──平野の父親は船の仕事をしているのだ。そうなればドゥロウヒッチを知っていてもおかしくはない。
「船の上かぁ……じゃあさ、登山部だけが容疑者ってわけでもないかもね──ってどうしたの?」
「いや、なんでも。いい感じに頭が回ってきたから」
まさか完全に失敗したと思ってた二回目のループがこんなにも役立ってくるとは。あの恥ずかしさと惨めさは無駄じゃなかったようだ。
それじゃあ知るべきことはあと一つ。
「──なんで垣花さんを狙っているのか、か」
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