第10話 詩紋なりの復讐
「へ……じ、神代?」
「そう思わない? 垣花さん」
まず前提として、犯人は分かっている。──平野だ。この死体を作り出したのは平野だ。
だからぶっちゃけ、また平野を襲って捕まえて警察に突き出すことはできる。平野が包丁を持っていることは知ってるので対策をすればいいだけだ。
しかし、それをやって、果たして解決するのか。下手すればまた死ぬかもしれない。成功したとしても、普通に暴行罪で捕まるかもしれない。
だがそれ以上に──ただ捕まえるだけじゃ気が収まらない。
三度も自分と小春を殺した奴をただ捕まえるのじゃ、報いを与えるにも至らないだろう。
──アイツを眼前に引き出し。人々の前に晒して。大声でなじるように言ってやる。
『犯人は──お前だ』
と。それでこそ、三度の殺人への復讐ができるというものだ。
「さて。まずは──」
となると、最初にやるべきは現場の捜索だ。
時間が巻き戻っているのなら、もう少ししたら『鬼の梶原』がやってくる。そうなると現場の捜索をすることはできなくなるだろう。
一回目のループ時。小春はこんなことを言っていた。
「もっと……こう……何か重要な、それでいてシンプルなことを見落としてるような」
そう言っていた。『見落とす』と表現してるからには、何か現場のこと引っかかることがあったのだろう。仮にそうじゃなかったとしても、とりあえず今はそう決定づける。
「垣──ワトソン君! この現場を見て何か気になることはあるかい?」
「ワト、ワトソン? 神代ってそんなキャラだっけ……?」
「そこは気にしなくていいよ。ほら、現場を見てみてよ」
もうひとつの前提がある。──詩紋は頭がよくない。
三度もループしておいて、まだ事件の概要すらまともに把握できていない。このまま一人で考えていても論理的に犯人を突き止めることは不可能だ。
詩紋に必要なのは頭脳。自分のは頼りになんてならない。ならば──助けを求める。
「さっき言ったこと以外で実は不可思議な部分がここにはある。それが何かは分かる?」
「包丁と手すり以外で?」
「そう。もっと小さくて……細かい点!」
詩紋の押しに渋々小春は協力。顎に指を当ててじっくりと現場を見回している。
もちろん詩紋は不可思議な部分など分かっていない。分かっているようなフリをしてるだけだ。だからこれは賭けでもあるのだが──詩紋は確信していた。
小春はかなりの負けず嫌い。そしてプライドも地味に高い。それはこれまでのループでよく分かった。
ミステリーが好きで、探偵になりたがっている小春。そんな小春が推理で遅れを取っている。──それを小春自身が許すはずがない。
端から端までをじっくり観察。細かい部分すらも頭の中で方程式を作り、それらを統合。無数に発生する答えの分岐を取捨選択し──決定づける。
「──あ」
「き、気がついた!? ……かね?」
出てきてしまった素を振り払い、小春に聞いてみる。
「被害者は体格が大きい……なのに現場はほとんど荒らされてない。ただ被害者は後頭部を強打したことで死亡してるっぽいよね」
「そうだね」
「これさ……相手が知り合いだったんじゃないの?」
知り合い。詩紋の頭にスっとピースが潜り込んだ。
「被害者が誰かとか分かる?」
「楠木文郎って名前で……えっとなんだっけ、確か──あ、そうだ。バスケ部に所属してた」
「後頭部に机の角を打ち付けてるってことはさ。真正面から犯人と相対したってことでしょ? 小柄な相手のタックルでこの人が倒されるとはあんまり思えないし、そうなると犯行現場は多少なりとも荒れると思う。つまり犯人は大柄。しかも犯行現場が荒らされてないってことは被害者は完全に油断しきってたってことじゃん」
「なるほどね。体格が大きく、相手が油断してたとなると犯人は──」
「──同じバスケ部、もしくはクラスメイトの可能性がある」
──ドンピシャ。合点が繋がった。
平野と楠木は同じクラスだ。部活動まで同じだったかは知らないが、それでも知り合い。楠木が油断するだけの理由はある。
それに平野は体格が大きかった。それも楠木と張り合えるくらいに。ならば楠木を一撃で倒すことも可能なはずだ。
小春の言っていた『シンプルなこと』とはこのこと。犯行現場と被害者の状況を冷静に見ればすぐに分かるシンプルなことだった。
四回もループしておいて、よくもまぁ気が付かなかったものだ。頭が悪いにも程がある。小春はたった一回。事前情報などなしで気がついたというのに。
「確かにそれなら筋が通る……!」
「……神代は分かってたんじゃなかったの?」
ジト目で見つめてくる小春に気が付き、すぐさま驚きの表情を砕く。
「も、もちろん分かってたよ。その……垣花さんがあまりにもその答えにたどり着くのが早くて驚いちゃって」
「……そう?」
ニマニマと嬉しそうな顔。思わず「ちょろ」と言いそうになった口にチャックをかける。
「さて、次は──」
ここで見れることは終わった……はず。なら次は聞き込み調査を開始しなくては。
一回目も二回目も聞き込みはしてるが、流石に全くやらずに事件を解決してしまっては小春が違和感を持つだろう。それに聞きたいこともある。
「何をすると思う? ワトソン君?」
「聞き込み、でしょ? ホームズ先生」
褒められてテンションが上がっているようだ。詩紋のワトソン呼びにホームズで返してくれた。これはいい兆候。このまま従ってくれると動きやすくて助かるのだが。
「気になるのはクラスメイトと同じ部活動の人たちだから、その人たちをメインにして──」
「──いや、それより先に聞きたい人がいるんだよね」
「聞きたい人?」
聞きたい人。聞かなくてはならない人。そして──言わなくてはならない人。詩紋は気合いを入れてその人の元へと向かった。
* * *
場所は廊下。理科準備室からそう遠くまで離れていない窓際。そこでスマホを弄っている女子生徒──今井を見つけた。
「……ふぅ」
「どしたの? やっぱり年頃の女の子に話しかけるのは恥ずかしいの?」
「そんなんじゃないよ」
煽ってくる小春を受け流し、自身の両頬を叩く。
一回目の時は話こそ聞けたが、それは全て小春の力があってこそ。二回目の時は自分の会話が下手すぎて今井を怒らせてしまった。
小春に頼めば話を聞かせてもらうことは簡単だろう。だけど──詩紋がしたいのはそれじゃない。
小春のように人の心を開かせる話術なんて持ってない。
小春のような愛嬌も持っていない。
とにかく自分には無いものが多い。欲しいものが多い。──ないものねだりをするよりも、今持っている物を使って状況を打開する。
そして──自分だからこそ言える言葉をかけてあげるのだ。
「──今井先輩。ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
今井の冷たい瞳が詩紋へと向けられる。
心臓がキュッと引き締まった。極度の緊張が体を震わせる。
「……なに」
「理科準備室の事件はご存知ですよね。少し聞きたいことがあって」
「……なんで私に?」
「今井先輩が……何かを知ってそうな顔をしてるから」
「なにそれ」
そういえば話しかける理由を考えてなかった。もうちょっと考えてから行動すればよかった。短絡的な行動で一回死んだのを忘れたのか馬鹿。
……心の中の罵倒は程々に。冷たい視線に負けず、詩紋は真っ直ぐ見つめる。
「お願いします。知ってることがあれば何か教えてほしくて」
「知らない。私、もう行くから」
今井が足を前に出す。
「──今井先輩」
──その前に詩紋が立ち塞がる。
「気持ちは分かります。好きな人が死んで、悲しいでしょう。自己嫌悪が湧いてるでしょう。『なんであの人が』『なんでもっと早く告白しなかったんだろう』って」
「は、はぁ、な、何言って……」
狼狽えている。先程までの冷たい顔が静かに俯いていた。
二回目のループで今井が楠木に片思いしてる情報は聞いた。片思いしていた人が死亡。──詩紋にはその気持ちがよく分かる。
二度も目の前で小春を殺された。片思いしていた少女が死んだ時の、あの感情は筆舌に尽くし難い。絶望、悲しみ、怒りに自己嫌悪が心に渦巻く。
今井もそんな気持ちだろう。分かる。詩紋だからこそ理解することができる。
「無念でしょう。辛いし、悲しいし。……暗闇で何も見えないでしょう。──分かります。気持ちは僕も分かります」
「……」
詩紋の熱に押され、今井は顔を逸らした。
「……分かるから、なに。知ってるから、なに。それがなんなの」
震える声。気丈に振舞っていたはずの声は今にも泣きそうになり、零しそうな涙を隠すように前腕で顔面を擦る。
「アンタが私の気持ちが分かったところで、アンタに知ってるのを話したところで……私が後悔したところで。楠木は……」
「──俺が晴らします。無念を」
細い涙を頬に伝わせながら、詩紋へと顔を上げる。──その目は真っ直ぐに。一切の迷いなく今井を見つめていた。
「失った人はどれだけ思っても帰ってこない。なら、せめて行ってしまった前よりも幸せになるんです。──そのための障害を俺が払い除けます」
「楠木を殺した犯人は俺が突き止めます。そして犯人が捕まった後に……前を向くんです」
今井は声を出さなかった。ただ──涙を流した。嗚咽も漏らさず、ただただ。涙を流したのだった──。
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