Witch in Black -怪異奇譚-
一二三 四伍六
雨の館 序章
雨が降る、大きな雨粒が地面を叩くように降り道行く旅人たちの脚を鈍らせている。
雷鳴がとどろき、強風が木々を激しく揺らす、風雨吹き荒れる山間の森の中を三人の男女が駆けていく。
大柄な男が二人の男女をかばうように幾度も後方へと振り返りながら森をひたすら駆けていく、その手に持つ大剣は刀身が血に濡れていた。
三人は旅の途上で雨に降られ雨宿り先を探し回っていたところを運悪く盗賊の集団に出くわしてしまったため、仕方なく森深くに入り彼らの追撃をしのいでいたのだ。
しかし逃げるうちに三人は森の中で迷ってしまい、雨の降りしきる暗い森の中を彷徨う羽目になってしまったのだった。
三人は森の中を当てもなく迷い歩く、出口の見えぬ自然の迷路は三人の方向感覚を狂わし奥深くへと飲み込んでいく。
森に入ってからどれだけの時間が経っただろう、三人の体は疲労感が漂い歩くことすら辛くなっていた。
女はため息をつきながら暗い空を見上げる、止む気配のない雨……、そして空腹と疲労が心身を蝕んでいく。
「どうにか連中は撒けたけどさ、これからどうするの?」
大柄な男は女の愚痴に呆れながら皮肉交じりに肩をすくめる。
「どうするもこうするもそれが分かってりゃいつまでもこんな森にいねぇんだよ」
「ちょっと! お腹が空いてイラついてるからってこっちに当たんないでよ!」
「うるせぇな……、少しは黙って歩けよ。喋ると余計に腹が減るぞ?」
女は自分の腹から響く空腹音に恥ずかし気に頬を赤らめるとまた小さくため息をつく。
その時、先頭を歩いていた騎士然とした男が立ち止まり森の奥へと指をさす。
女と大柄な男は彼が指をさしている先を見ると、森の奥に淡い灯りの様なものがゆらゆらと揺れているのが見えた。
「なんだありゃ?」
「わからん、だがこんな人の手も入っていない森深くに灯りとは妙だと思わんか?」
「確かにな。実際この森は妙な気配がしやがる、獣の気配じゃねぇ……、何か得体の知れねぇ嫌な気配がな……」
大柄な男の言葉に女は密かに怖気を感じて身を震わせる、しかしそれを悟られないよう強気に前へと出る。
女は妖しげな灯りを指さしながら二人の男に笑みを向けた。
「脅かしっこなし! もしかしたらこの辺りに住んでる人かもしれないでしょ?」
「仮にそうだとしてよ、この雨降りの中こんな森深くでなにしてるってんだ?」
「う~ん……わかんないけど……、でもいつまでもこうして迷子でいるよりはあの灯りを追いかけたほうがよくない? 本当にこの辺りの人かもしれないしさ」
女の無邪気な笑みに二人の男は顔を見合わせると思わず口元が緩む。
「確かにイリアの言うことにも一理あるな、俺たちはこの森で迷っていて出方がわからんわけだしな」
「“溺れる者は藁をも掴む”ってか。 まぁどのみちこの土砂降りじゃあ野宿もままならねぇしな」
三人は自身がそれぞれ納得できる“言い訳”を見繕うと、揺れる灯りを追いかけて森のさらに奥へと入っていく。
灯りは森で迷う者たちを誘うように揺らめきながら奥へ奥へと
しかしどこまで追いかけても灯りとの距離は縮まらない、森の奥でゆらゆらと揺れる灯り、それはまるで妖精の
灯りを追いかける三人の前に、古寂びた館が目に入った。
どこか陰鬱な雰囲気を漂わせるその朽ちかけた館は、まるで道迷う旅人を待ち構えていたかのように聳え立ち、門にはあの追いかけていた灯りが灯されていた。
女は怪訝な表情で門に吊られたランタンを指さす。
「私たちこの灯りを追いかけてきたんだよね?」
「ああ、そのはずだ」
「こんな弱々しいランタンの灯りがあんな遠くまで届くなんてありえない……、よね?」
風雨が吹き荒れる中、カタカタと音を立てて揺れるランタン。
その中に灯されている淡い灯りは今にも風に吹き消されそうなほどに弱々しい。
大柄な男が館の正面を指さしながら二人に身を潜めるよう促す。
彼が指さした先には、白いローブに身を包んだ何者かが館に入っていく姿があった。
「あの人があの灯りの正体……?」
「順当に考えればな。だがなぜこの雨降りの中、外をほっつき歩いていたのかなど疑念がないわけではないが」
「ねぇどうするギュス? この館……、明らかに普通じゃないよね?」
三人が館に立ち入るべきか迷っていると、ついに霧まで出てきてしまう。
空は暗くなり、止む気配もない雨、そして視界を覆う霧……、嵐の夜の森を霧に視界を遮られながら彷徨い歩くのは危険でしかない。
騎士然とした男は頭を抱えながら大柄な男へ視線を向ける。
「この館で一夜を明かすほかなさそうだが……、どう思うバルドス?」
「どう思うも何も俺たちには選択肢なんてねぇ。ただあそこに入っていった奴が何なのかはわからねぇが……、あいつはどうも人間じゃねぇ気がするんだ」
大柄な男の言葉に女はしかめっ面で彼をにらみつける。
「ちょっと……、これからあそこで一夜を明かさないといけないっていうのに……、脅かさないでよ!」
「なんだよおい、ビビっちまったのかイリア?」
「別にビビってなんかいないわよ! ただあの館に入るのはちょっと気が引けるというか……、ていうかあんたが変なこと言うから余計に意識しちゃったじゃない!」
大柄な男は嫌味ったらしい笑みを浮かべながら、明らかに足が竦んでいる女の頭をからかうように軽く叩くと、門扉を開いて館の敷地内へと足を踏み入れた。
館は長い間、人の手が入っていなかったのか荒れるに任せた有様であり、そこかしこに
だが大柄な男はそんな館から微かに漂う血の臭いを敏感に嗅ぎ取っていた。
この館には“何か”がいる……、それも人間を襲う“何か”が……。
大柄な男は自身の中でそう確信めいた予感を抱いていた。
だが今のところは安全なようだ、門の前にいる二人に合図を送ると、館の正面玄関へと向かった。
三人は不気味な気配を放つ館にますます不安を覚えるが、背に腹は代えられんと館の扉を叩いた。
扉の奥でドアノッカーの音がとても大きく響き渡っている、しかし誰も出てくる気配はない。
不気味なほどの静けさがかえって三人の心に不思議な安堵感を抱かせた。
「やっぱり誰も出てこないね」
「だが先ほど、この館に何者かが入っていったのは確かだ」
「つまり“何かいる”ってことだよね……、ヤダヤダ考えたくない!」
頭を抱えて身震いしている女を、二人の男はからかい半分に笑う。
騎士然とした男が館の中に入ろうと扉の取っ手に手をかけたとき、突如大柄な男が背に佩く大剣に手をかけて叫んだ。
「お前ら気をつけろ!!」
大柄な男は冷や汗を額に滲ませながら館の門を凝視している。
獣じみた野生の勘を持つこの男が動揺するなどただ事ではない、二人は臨戦態勢に入ると大柄な男と同様に門へと視線を向ける。
辺りは暗く、霧も出ていて門すらもはっきりとは見えない。
張り詰めた緊張感が彼らの鼓動を早める。
「霧の向こうから……、何か“ヤベェ”のが来る……」
大柄な男は今まで感じたこともないような恐ろしい気配が近づいていることを感じ取っていた。
額から汗が滴り落ち、体は硬直し、息が震え、大剣を掴む手がカタカタと震えている。
異様なまでに恐ろしく身も凍るような気配……、それが確実にこちらに近づいてきているのだ。
門付近の霧にうっすらと人影が浮かび上がる。
霧の中に浮かび上がった亡霊のような黒い人影、黒い外套を雨に濡らし静かに館に近づいてくる姿に三人はどこか得体の知れない不気味な雰囲気を感じていた。
黒衣を纏ったその人物は、その場に凍り付く三人の脇を通り過ぎ、館の扉に近づくと三人と同じく扉を叩いた。
扉の奥では先ほどと同じくドアノッカーを叩く音が大きく響き渡っている……、だがやはり誰も出てはこなかった。
黒衣の人物は頭部を覆う黒いフードを脱ぐと、雨に濡れた黒き長髪を靡かせ静かにかき上げ、小さく息を一つ吐く。
女はつばを飲み込み、意を決して声をかける。
その声に反応したのか、黒衣の人物が振り返ると三人は息を吞んだ。
とてもこの世の者とは思えぬほどに妖しく、そして美しい女の顔が三人の目に飛び込んできたのだ。
その中でもとりわけ三人の目を引いたのは世にも珍しい血の如く“赤い瞳”……。
まるで吸い込まれそうになるほど妖しい“赤い瞳”……、その瞳に三人は子供の頃に聞いたとある“おとぎ話”を思い出していた。
人々の魂を喰らう恐怖の存在として語り継がれる魔女……、“
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