詩集〈風の定在〉

瑞田 悠乃

氷筍

 ついには浴槽で目が覚めた

 一昨日には廊下の中ほどで

 昨日は洗濯機のかたわらで


 夜半よわに失われた俺のどこかが

 元来、濡れていて

 このところ乾いていて

 ここへ沈むことを欲していたのだ


 俺が身をよじると

 綿紗をそっとしぼるように

 代えがたい記憶から順に順に滴ってゆき

 出自を異にするさまざまな

 埃や 砂粒や

 陰毛やらの散らばった

 物足りぬかたさの床の上に

 順に順に浸み込んでいった

 幾つもの晩こうして俺は失われていったのか


 廊下には

 木星をわかつ国境が行儀良く並び

 俺の分裂を

 不可逆な忘失を祝福していて

 頼りなく隔たれた国のひとつひとつから

 透明でないなかで最も澄んだ色の

 小高い膨らみが

 中指のようにとびだしていた


 俺は咳き込んだ

 部屋が咳き込んだ

 すると時が咳き込んで

 部屋は俺ごと少しずらされる

 中指はもはや陰茎になり

 その天辺から次々湧きあがり

 湧きあがるそばからとろけた先が

 今度こそ透明といって差し支えのない

 いわばかなしみとなって

 順に順に滴っていた


 俺は

 黒でないなかで最も重い塊となって

 それをただ見ていた

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