悲劇の中に作劇の技巧が沈められた、心を刺す逸品

本作は性生活に暴力性と抑圧を感じる妻――夏帆の物語です。
『波の立たない湖面』がテーマに据えられた、激情と精神性の物語と言えるでしょう。

夏帆の犠牲と諦観の物語、と捉えては安易かもしれませんが、、
『苦痛の受容と静観』によって安寧を得る。
そんな苦しい倒錯と矜持が溢れるようです。


『この子は、食べ方がきれいだ。それはとてもいいことなのだ。』
という終盤の一文が僕の心に刺さりました。
忍辱の生活の中で、子供の美点が生き方を肯定してくれるような感じがしたのです。


性的な素材と、その赤裸々な描き方が目を引きますが、それ以外にも構成に対してかなりの技巧を感じました。
タイトルから『波の立たない湖面のように』と、湖面のテーマどりが伺えます。
性生活の物語を基調にして、『湖面の鏡写し』のごとく、奔放な亜由美と、無垢な勇の物語を位置付ける。
このテーマとストーリーラインが綾波となり、『ざわめき』の共鳴が見事に物語を彩っています。

本作は性的抑圧の悲劇の中に、作劇の技巧が沈められた、心を刺す逸品です。
おすすめです。

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