第37話 少女徴発

「……じ……を、おつ……ます」


 何かが聞こえる。


「臨時ニュース……たえ……ます」


 どうやらニュースみたいだな……。何かあったらしい……。


「お知らせ……本日未明……に関し、当局……声明を発表……によりますと……大戦期に開発、および破棄され……目され……開発責任者は、故・鳴海ツカサ氏であるとの……」


「……!?」


“鳴海ツカサ”、だって?


 跳ね起き、頭痛に思わず頭を押さえる。


 俺の動揺はよそに、ニュースはなおも情報を伝え続けている。


「一部のコントロール下を外れた機体が、攻撃を行っているものとして、当局では目下、更なる調査を……」


 徐々に意識が明瞭になっていく。辺りを見回すと、俺は布団で寝ていたのだった。

 ニュースは、部屋のラジオから流れていた。ぶつ切りなのは、単に電波の入りが悪いためらしい。


「そうだ……デイジー……」


「鳴海? 気がついたか?」


 声の方向に目を向けると、安達がこちらを見ていた。手にしていた文庫本を閉じ、安達が向き直る。「ひとまず処置はしたが、安静にしていろ」


 そう言う安達も、唇が切れ、変色した血が固まってこびりついていた。心なしか、頬も腫れがあるようだ。


「デイジーは……」


「連れて行かれたらしい、すまん。俺が追いついたときには、倒れている貴様しか発見できなかった」


「そうか……」


「デイジー嬢のことは、追って考えよう。今は休め。回復しないままでは、何もできん」


「ああ……」


 そうして微睡み……その日は過ぎていった。


 それから三日間、安達の家に厄介になってから、俺は江口の元に戻ることにした。


「世話になったな、安達。お前も一緒に来てくれるとありがたいが、お前はここから離れられないだろうな」


「ああ。こちらでも情報は集めておく。何かあればすぐ知らせよう」


「頼む」


 そうして俺は、二人分の荷物を担いで、一人帰路についた。やたら足取りが重かったのは、多分、荷物のせいだろう。


 一人きり戻った俺を見て、江口は事情を察したようだった。


「……デイジー女史は、必ず取り返しませう、鳴海氏」


「ああ、そのつもりだ」


 向こうにどういう事情があるか知らないが、デイジーはもう、俺の中で大きな存在になっていた。


「殴られた借りもあるしな」


 そう言ってみせると、江口も安心したようだった。こういう事態に対しては、強がりや蛮勇が必要なのだ。


「ところで、ナオミはどうしてる?」


「江口は婦女子の部屋に無断で立ち入らない趣味です。ただ、どことなく落ち着いたような気がしますねえ」


「そうか」


「様子を見てきては?」


「そうする」


 俺は、ナオミの部屋の前に立つ。静かにノックすると、中から小さく「鳴海……?」と声がした。


「ああ。入ってもいいか?」


「……少し待て」


 ごそごそと物音がした。大方、部屋の体裁や身なりを最低限整えているのだろう。五分ほどして、「いいぞ」と返事があった。


「入るぞ……」


 部屋は、以前のように真っ暗ではなかった。暗めではあるが、蛍光灯が点り、ナオミも些か顔色が良くなったように見える。


「デイジーは……?」


「攫われた」


「えっ……」


「安達って覚えてるか? 学生時代の同期の。あいつのところに行ったら、急に襲われてな……」


「鳴海は、大丈夫だったのか」


「あんにゃろう、頭を殴りやがった。お陰で三日足止め食っちまった」


「鳴海……お前は、いなくならないよな?」


「ナオミ……」


「もう、誰かがいなくなるのは嫌だ……」


「そうだな……俺もごめんだ。だから、な、ナオミ。お前の力が借りたい。俺も、デイジーをこのまま失うのは嫌なんでな」


「私に……何かできるのだろうか……」


「馬鹿」


 軽くデコピンをしてやる。ナオミは急なことに呆然としている。


「お前が自分を信じられないなら、他のやつを信じろ。お前のことを信頼してる他の人間をな」


「鳴海……」


「少なくとも、俺はお前を信じてるぞ?」


 ふっとナオミが笑った。今まで力んでいたものが抜けたような、脱力した静かな笑い。


「鳴海には……似合わない台詞だな」


「んだと」


「わかった、負けたよ。……もう一度“信じられてみる”ことにしよう」


「おう、調子が出てきたじゃねえか」


「ああ……さてと。それじゃあ鳴海、お前、一旦出て行け」


「あ? 何でだよ」


「着替えるんだ」


「ああ、俺のことなら気にすんなよ。家具か何かだと思って、存分に着替えてくれ」


「どうやら殴られたショックでネジを落としてきたらしいな? どれ、私が直してやろう」


「わかった。出て行く、出て行きます。スパナはやめてくれ」


 今は、偽りでも、強がりでもいい。そう思った。


 薄氷のような頼りなさではあったが、ナオミが確かに笑っていたのだから……。

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