第5話 ミティアライトの影像 3-⑷


「距離から言っても重要性から行っても当然、沙織さんの家より俵藤氏の家を先に訪ねるべきなのだが……ううむ、どうも足が重いな」


 流介が姿見坂と幸坂の間で行ったり来たりしていると、坂を下りてやってきた人影がふいに足を止め「……ひょっとして『匣館新聞』の記者さん?」と言った。


「えっ?……ああ、あなたでしたか。こんなところで会うとは思いませんでした」


 流介に声をかけたのは、沙織だった。流介は咄嗟に「ここで色々と尋ねて弾みをつけて置けば、俵藤氏の所も訪ねやすくなるのではないか」と安易な考えを捻り出した。


「沙織さん、でしたね?こんなところで何ですが、多近氏が亡くなられた夜、あなたは何をされていましたか」


「なんだか警察の方みたいなことをおっしゃるんですね。……私はあの晩、教会の前で俵藤さんと少し話た後、家に帰りました。六時ごろだったと思います」


「春花さんが演奏されている間、「塔」に行ってみたりはしませんでしたか?」


「えっ……それは、あの」


「行ったんですね?」


「はい……いったんは家に帰りかけたのですが、春花さんをあれほど夢中にさせる多近さんという方がどういう方なのか気になって、途中で元町の方に戻りました。……でも、塔の近くまでは行きましたが建物が見え始めたあたりで引き返してしまいました」


「それは何時頃ですか?」


「多分もう、七時近かったと思います。かなり暗かったのを覚えています」


「その時、塔の灯りはついていましたか?」


「ついていません。真っ暗でした。……ただ、途中の窓から人が顔を出していたような気もします。見間違いかもしれませんが……その後は家に帰ったのでわかりません」


「なるほど、わかりました。……あともう一つだけ、あの夜の俵藤氏の振る舞いについて何か覚えていることがあったら教えて下さい」


 流介が一連の問いかけの「本題」とも言える質問を繰り出すと、沙織は「俵藤さんは……後から聞いた話ですが、やはり「塔」に行ったと言っていました」と絞り出すような声で言った。


「本当ですか?」


「はい。多近さんが春花さんの演奏が始まるというのに「塔」に行ってしまい、俵藤は不人情な奴だと憤りながら演奏を聞いていたそうです。しかしあと少しで休憩になるという時に、休憩中にひょっとしたら春花さんが「塔」に行くかもしれないと思い、その前に会って話をしておこうと教会を抜け出して「塔」に行ったのだそうです」


「それは何時頃のことですか?あと、「塔」で俵藤氏は多近氏とどんな話をしたのですか?」


「わかりません。「塔」で何を見て何をしたのか、それについては話してくれませんでした」


「……そうですか。言いづらい話をありがとうございました」


 流介は沙織に一礼すると、末広町の方へ向かう沙織とは逆の方向に向かって歩き出した。

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