第3話 シニストレアの鏡像 4-⑸
「ご想像の通り『手をくれ面』の正体は私です」
ロザリアは流介を奥の応接間に誘うと、おもむろにそう告白した。
「では『栄光の手』はここにあるのですね?」
「はい。今、持ってまいります」
ロザリアはそう言い置くといったん、別室に姿を消した。流介は自分の勘が的中していたことに驚くとともに、軽い慄きを覚えてもいた。まさかとは思ったが、あれほど若く美しい人だったとは。
「お待たせしました。これが『栄光の手』です」
ロザリアが盆に乗せて運んできたのは赤みがかった、紛れもない人間の「手首」だった。
手首は紙のように乾いていて、乾燥させた手なのか作り物なのか判別が難しかった。
「これは私の家に幼い頃からあったもので、祖先がどのようにして入手したのかはまったくわかりません。『栄光の手』は絞首刑になった犯罪者の物と言われていますが、その通りなのかどうかもわかっていません」
盆の上には手首のほかに短い蝋燭らしき物が五本、乗っていた。
「このろうそくを『栄光の手』の上に立てていたのですか?」
「そう聞いています。この『栄光の手』とろうそくがいっとき、私が仕事をする上で欠かすことの出来ない「御守り」だったのです」
ロザリアはそこで言葉を切ると、ふうと太い息を吐き出した。
「私は父も母も幼い頃に亡くなり、この国で一人で生きてゆかねばならなくなりました。近くに教会がなかったので、私はあるお寺の住職に育てられました。そして十二歳になった時、寺にやって来たある人物――盗人を生業としていた人と知り合ったのです」
「それが佐吉?」
「ええ。私は生きてゆくために盗みの手解きを受け、佐吉の助手として鳴事になって間もない東京で悪事を働きました。十二歳でも大人並みの身の丈だった私は面をつけ、夜陰に乗じて街を駆けまわったのです」
「昼間だと面をつけていても、目の色で外国人とわかってしまうからですね?」
「そうです。私は盗みに入る時必ず『栄光の手』と蝋燭を持って行きました、盗む家に入る前に火を灯し、ちゃんと火がついた時はなぜか仕事もうまく行くのです。いつしか街では面をつけた盗人のことが噂に上るようになり、私も自分の事を『シニストレア』と呼んでいました。父や祖父が『栄光の手』のことをシニスターと呼んでいたからです」
「なるほど、盗みはよいことではないけれど、苦労の多い人生だったわけですね」
「はい。……これがその頃、つけていた面です。西欧ではビガードと呼ばれ、この町で佐吉と会った時もこれに似せた面をつけていました」
そう言ってロザリオが掲げた面は、なるほど目の部分が穴になっている「のっぺら坊」の面だった。
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