第3話 シニストレアの鏡像 4-⑷


「ごめんなさい、先生は今往診に出られていて、お話をすることができないんです」


 治療院の玄関に現れたロザリアは丁寧な物腰で流介にそう詫びた。


「いえ、お忙しい所に突然押しかけて来たこちらが悪いのです。それより……お話を伺いたいのは先生ではなくあなたなんです」


「私?」


「はい。先生はたしか亡くなられた佐吉さんと知り合いでしたよね?あなたも先生を通じて佐吉さんのことを知っていたのではありませんか?」


「ええまあ……話くらいは」


「会ったことは?」


「お見かけしたことくらいは、あったかと思います」


「では佐吉さんに「オオイヤイヤヨ」と言われたことは?」


「えっ」


「噂によると『手をくれ面』はかなり背が高いそうです。この辺りで背の高い方と言えば外国人居留地に住む人たちや商売をされている方たちです。しかしその人たちは大体、身元がはっきりしています。つまり、何か噂になれば真っ先に名前が挙がってしまうのです」


「…………」


「では名前の上がりにくい人で、目立つ背格好の人といったらどんな方が考えられるでしょう?街の人たちからなじみがないほどつましい暮らしをしていて、どこかでひっそりと手伝いのような仕事をしている人……」


「それが……私だというのですね?」


「失礼を承知で尋ねさせてください。『栄光の手』をお持ちではありませんか?」


「なぜそれを……」


「先日、こちらをお訪ねした際に一緒だった水守天馬君という若者が、西欧の言い伝えに大層詳しいのです」


「……わかりました。玄関先ではなんですからどうぞお上がりください」


「いいんですか?」


「先生はしばらくお戻りになられないと思います。その間に、私が知っていることをお話します」


「わかりました。では、お邪魔させて頂きます」


 流介はロザリアに一礼すると、治療院の入り口を兼ねた上がり框で靴を脱いだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る