第3話 シニストレアの鏡像 1-⑵
「あらご住職に飛田さん、こんな時間にお珍しい」
宝来町にある酒屋の店先で流介たちに気づいた店員の安奈は、目を丸くしてそう声を上げた。この酒屋は地下に『秘密のカフェ―』と呼ばれる店があり、流介と日笠は何度もそこの入り口をくぐっていた。
「何か甘いものを……氷水のようなものでよいのだが、出していただけないかな。そこの縁台で食べて行くので」
「そうですねえ……今年はまだお出ししていないのですがいいでしょう、作ってまいりますから少々、お待ちくださいな」
安奈――地下のカフェ―の女将にして切れ者の美少女はそう言うと、くるりと身を翻し店の奥へ消えて行った。
「さて、それではそこに腰を下ろして、先週の事件について話そうじゃないか」
日笠は店の前の縁台に腰を据えると、流介に隣に座るよう促した。
「亡くなった
「といいますと?」
「六月ごろ、七夕の
七夕祭り、灯篭と聞いて流介の胸にある風景が甦った。子供たちが近所の家を訪ねて「ろうそくくださいな」と頼む姿だ。ここ匣館の七夕は虎や神様といった街を守ってくれそうなものの絵を描いた大きな灯篭を大人たちが担いで回るのだ。
海の向こう、津軽でも同じような祭りがあると聞くが、匣館も負けていないに違いない。祭りは七月六日の夜に始まり、七日の昼に灯篭を海に流して終わる。蝋燭はその灯篭の中に入れるもので、集めるのは主に子供たちの仕事だった。
流介の家でもランプが使えなくなった時のための数本のほかに、七夕用のろうそくを毎年一本、用意しておくのが常だった。
「子供たちが、何かを見たんですか」
流介が尋ねると日笠は「うむ」と言って「まあ子供の見聞きした話ではあるがな」と付け足した。
「ある子どもが、ろうそくもらいの列から遅れてしまい、めぼしい家のろうそくは先に訪ねていった年かさの子たちにあらかた持って行かれてしまったのだそうだ。一人だけ遅れてもらいに行くことをためらったその子は、子供たちの決まりではあえて避けることになっていた「ろうそく屋」に蝋燭を貰いに行ったのだ」
日笠はそこで言葉を切るとやおら身を乗り出し、声を低めた。
「そこで家に上げられたその子は、通された奥の仏間でとんでもない物を見たのだそうだ」
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