第32話 所業

 その戦、どちらも俺には赤子を産湯につける程度のものであったが、連戦で疲れたから森で休む事にしたのだが、奥の方からいくつかの叫び声が聞こえていた。


「また戦か・・・ま、嫌いでは無いが今は眠いのでな」


 とは言え、やはり気にはなるし、何より血が沸いて治まらない。

 向かってみると、そこは魔法の使いこなせる大人達のいない、若い未熟なエルフのみの村だった。

 100に満たない数のその村を、2000を超えるヒト族が愛玩用や奴隷の確保の為に襲っているようだ。

 

 「はん!エルフかい!奴らなんぞ、知ったことか」


 始めこそ、そう思っていたが、エルフ族とはいえ、幼い子供達の悲鳴は俺には耐え難かった。

 気がつくと2000の軍勢の前にひとり戦斧を振るっていた・・・。

 後少しで制圧、 というところで眼前に突如としてフェンリルが召喚され、横を素早く通り過ぎたのだ。俺は吹き飛ばされ気を失ってしまった。激痛で目が覚めたのだが腹を半分、食い千切られて俺は死にかけていた。それを助けてくれたのが、ローライだった。

 彼は俺をドワーフ族だからといって見捨てたりはしなかった。それは、エルフを助けていたからではなかった。純粋に種を残したかったのだと。

 俺は感銘を受けた!!彼の手助けに成りたかった!

 そこで俺は弟子入りすることにしたのだ。

俺は彼から聞かされた。過去の大戦に意義などは無く、全てはヒト族を除く種族のの為であるのだと。

 女神は崇拝されるからこそ“女神”なのだ。

全てを根絶やしにしてしまっては存在意義がなくなる。その点、ヒト族は秀でた魔力も持たず、身体能力は低い。その上短命だ。繁殖力は強く群れる為に統制が執りやすい。

 要するに女神は、自身の存在を脅かす恐れのある種族を排除する為に戦の火種を振り撒いていたのだ。しかもそれと悟られる事なく、むしろ崇拝に持って行くとはかなりタチが悪い。

 それに気が付いた師は女神に直談判に向うべく旅に出た。

 方々を捜し回り、200年程たったある日、突然白い大きなフクロウに鷲掴みにされ遙か山の頂へ連れ去られる。そこで彼は女神にあったのだと。しかし交渉にすらならず、僅かばかりの手土産“魔封石”“魔力付与の羊皮紙”“一匹の子竜”を渡され帰らされた。

 

 それ以来、せめて種の絶滅だけは避けねばならぬと各地を彷徨い歩き、争いを鎮めては種の存続を説いて回った。

 彼の導き出した答えは僅かばかりの自尊心で滅びるならばそれを棄て、ヒトに逆らわず今は耐えるというものであった。


「何故我らは女神の都合とやらで滅びなければならないのだ!だが、抗えぬ・・・!!

おのれ女神!おのれヒト族!!」


 ・・・当然納得などしてもらえる筈も無く、幾つもの部族がヒト族に戦を仕掛けては女神の加護の前に滅びていった。

 やがてヒト族がギルドを立ち上げるとそれはさらに加速し、獣人族は根絶やしにされ巨人族や妖精は姿を消し、エルフ族やドワーフ族は迫害に堪えながらひっそりと暮らすことになるのだが、ヒト族への恨みが消える筈も無く増すばかりで、あちらこちらで小さな戦が起きては悲劇を生んだ。

 それを最小限に抑える為に、彼は、逆に女神の像を建てることにより、監視されているという意識を持たせることにしたのだ。だが、やはり一人では各地に建てるのは難しい。そこで俺は魔法のロールをもらい受け魔法使いとなり、彼とは逆周りで像を建ててきた。

 月日は恨み辛みは薄れさせ、ヒト族は何も知らぬまま過ごし、女神によってもたらされた平和~ヒト族にとっては~な時が数百年流れた。

 しかし、なぜか最近になって突然またもや戦があちらこちらで始まった。ただな、前の戦とは大きく違う。今回はヒト族が戦を起こしたのだ。いただけの弱き者が、自分らは特別な存在なのだと大いなる勘違いにより他種族を弾圧しにかかったのだ。

 ・・・俺はもう、疲れた・・・。師はとうの昔に天寿を全うされて、今、頼るべきはお前なのだが、出来れば巻き込みたくなかったのだよ。たとえ魔法の力を以てしても一人ではどうにもしようが無い。

 ・・・本当に疲れたのだ・・・。どうか、もう構わないでほしい・・・。独りになりたいのだ。こんな下らない戦に巻き込まれるのはもう、まっぴらごめんだ!!

 済まないが、もう、誰とも会わん。

俺は、あの我が一族の城の墓守でもすることにしようと思う。さらばだ。我が兄弟よ・・・。


 「まぁ、長くなっちまったが、シグの記憶はこんなもんよ。まったく・・・疲れたのなんのと言っていたが、一番は心の支えとなっていたヒト族の女に目途がたたんかったからだろうに!もっとも、それを知ったのはつい最近のことだがな。

 ・・・さしずめ、エルフからシグを尋ねろと言われて来たのだろう?ローライの倅もアイツが死んだことは知らんかったか・・・だが、俺が知りうる限りはこれで全て話した」


「・・・シグは女神の居場所に繋がるようなことは何か言ってませんでしたか?」


「さあ?なかったと思うがな」


「フン、まあ、繋がるようなものはアイツが最後に俺に擦り付けたこの魔法くらいなものだが・・・。コレは、どうやら譲る事ができるらしい。・・・いるか?これがあればいくら非力なヒト族といえど、並みのエルフよりも強力な魔法使いになれるぞ!?」


「・・・いや・・・有り難いが、遠慮します。オレが欲しいのはそれじゃない・・・。

・・・強大な力は不幸を生みますから」


「はっ!!いいねぇ!!いいじゃねぇか!!もしも、この力を欲したときにはお前はそこまでの男。その昔、俺の事を知り嗅ぎ回っていた奴がいた。ギルドから来たと言っていたが、そいつに同じ事を聞いた。当然欲したさ。

だがな、バッハッハ!!・・・そいつは気に喰わんから、魔法で木にかえて暖炉にくべてやったわ!!

お前さんの言った通り、不幸にしか、ならん。俺のようにな」


「でも、まあ・・・話しが聞けてよかったですが・・・女神への手がかりが見つからなかったのは・・・残念です」


「フン。ローライの倅から何か預かってはおらんか?おるだろう?そこの荷より魔力を感じるわ」


確かにある。先生の手帳、だったな。しかし、読めない古代エルフ文字以外は大したことは・・・。


「ええ、先生の手帳だとかで。ただ、古代エルフ文字で読めない箇所が・・・ローレイさんでも読めないそうで・・・」


「どれ、貸してみろ!俺を誰だと思ってやがる!転生を繰り返し誰より長く生きるドワーフ、ギグ様たぁ俺の事よ!!」


おお!なんだか危ない言葉だがとにかくすごい自信だ!!

 ギグは時折「ムムッ」とか「やはりな」とか声を漏らしながら、全てに目を通した。


「どうでした!?なにか分かりましたか!?」


「バッハッハ!!読めんかったわ!!」


「なっ!!」


「嘘だ!バッハッハ!!

・・・フン、殆どが女神の所業の裏付け調書のようなもんだったな。先刻の話と何ら変わらんわ」


「・・・そう・・・ですか・・・いや、有り難う御座います」


「フン。まあ、気を落とすな!俺の知らん事も買いて在ったわ!

どうやら、女神より貰い受けた竜、ずっと連れ回しておったようだか、デカくなりすぎて、自ら北山の祠へ移り住んだようだ。

・・・その竜ならば、或いは。どうだ?」


「確かに!!女神からの、ってんなら、言い換えれば女神の居場所を知っているって事ですもんね!!

チックショ~~!!やったぜベイベ~~!!

・・・ギグさん!!酒もらいます!!ぐびっ

・・・ダァ~~!!きっくなあ~!!喉焼ける!!でも、うんめ~~!!運命を感じますね!!」


「・・・大丈夫か??つまらない事などいいおって・・・」


「大丈夫ですよ。うん。彼はいつもあんなです」


「・・・そうか。大変そうだな。とにかく、竜を探してみるといい」


「重ね重ねありがとう御座います!

ひとつ気になることがあるのですが、なぜオレ達に声を掛け、親切にしてくれたんです?」


「・・・なに・・・その、鈴が・・・いや何でもない。とにかく竜だ。見つかるとよいな!我が友よ!!」


「友!!ああ、ギグさん、あなたとは、もっとゆっくり酒が飲みたいですよ!!用事が済んだら、必ずまた会いに来ます!!それまでお元気で!」


「おおよ!まっとるぞ!!では、よい旅を!!」


「よい旅を!!」


フン・・・行ったか・・・若造が・・・。

見つかるとよいのだがな、女神の涙とやらが。

 ・・・シグの奴からは、そんな話出てはこなかったが・・・。

まあ、彼奴なら・・・そんな気がするわ。さて、あやつらの旅の無事を祈ってもう一杯、飲むとするか!

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