Ep.3.0

「谷中です、失礼します。今朝方は定時に出社できずに申し訳ありませんでした」

 自席でメールとスケジュールを確認した後、昌行は社長室のドアをノックした。

「ああ、ご苦労さん。ちょうどよかったよ。前置きはいいから、さっそく本題に入ろう。急な話なんだが、谷中くんには新設部門の責任者として、M社の子会社に常駐してもらおうと考えているんだよ。存分に力を発揮してくれないか。君の後任には、須永くんを充てようと思っている」

 先に社長室にいた谷津が昌行に語りかけた。社長の安斉は、谷津の話が一段落するのを待って話を継いだ。

「谷中くん、サポート部門をここまで広げてくれたことをぼくは評価してるし、感謝もしている。そろそろ三年になることだし、どうだろう、次の部門をゼロから手掛けてはくれないだろうか。それには君が適任だと思うんだ」

「過分な評価をいただき、ありがとうございます。一点、よろしいでしょうか」

「何かね」

「単刀直入に伺います。この異動、部門を新設すること以外にも、何か理由を感じてしまいます。差し支えなければ、それを聞かせてはいただけないでしょうか」

 谷津は昌行を制するような素振りを見せたが、安斉が口を開いた。

「これはまだ三人だけの話しということにしてほしいんだがね。いまのサポート部門は一年後の閉鎖が決まっているんだよ」

「しゃ、社長、今何と」

「谷中くん、控え給え」

「いや、構わんよ」

 安斉はさらに言葉を継いだ。

「急な話なんだが、M社からの発注が一年後に打ち切られる。サポート体制の全面的な見直しが決められたんだ。予想していなかったことではないんだがね。そこで、今のサポート部門は段階的に縮小することになる」

「なら、それこそ私に」

「君が幕を引きたいと言うんだろう。それも考えたがね。冷淡と思うだろうが、その仕事は君には任せないよ。理由は聞いてくれるな。話は以上だ。戻って今日の仕事に就きなさい」

 昌行は釈然としないままに、自席に戻る前、コーヒーを飲もうと休憩コーナーに立ち寄った。

「谷中さん、おはようございます。何で朝から居てくれなかったんですか? 今日はクレームで大変だったんですからね」

「そうそう、秀美さん、いつもの人に絡まれてたんですから」

 派遣社員の女性二人が屈託なく昌行に語りかけてきた。そうか、この人たちにも辞めてもらわないといけないのか。責任者なんて言っても、いざとなると非力なもんだな。せっかく仕事にも慣れてきたっていうのに。

「やだ、谷中さん、聞いてますか。考えごと?」

「あ、いや、ちょっとぼおっとしてた。お昼、何食べようかな。ははは。ごめんごめん」

「もういいですよ、仕事に戻りますから。ごゆっくりどうぞ」

 二人がブースに戻っていくのを見ながら、昌行は嘆息していた。あと一年足らずなのかと。

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