変な女に取り憑かれたせいで俺の学園生活が破滅に向かってます

@morukaaa37

第1話 最悪の目覚め





 オオカミ少年というのは、普段から嘘をついていた少年が村の人々からしだいに信頼をなくしていき、果てには本当にオオカミが出た時に信じてもらえず命を落としてしまう───────


 つまりは、「普段から嘘をついていると肝心な時に信じてもらえないよ」という教訓のはずだ。



 「長髪の女性などどこにもいませんが」



 ───では、普段から嘘をついていないのに信じてもらえないのは何故なのだろうか。


 「いやいやいや!お前のすぐ目の前にいるじゃん!黒いドレスの女!なにこれ、ドッキリ??」


 起きたら目の前に長髪の超絶美女がいた。ギャルゲーにありそうなありきたりな表現だが、嘘じゃあない。現に今も、目と鼻の先で儚げな瞳が俺の方を見つめている。


 生地の薄いドレスは黒く染まり、所々模様の入ったレースが品の良さを感じさせる。長く艶のある髪の毛はドレスと対照的に白く透き通っており、人ではないように見えた。てか幽霊じゃないのこれ。


 寝起きでびびった俺は、大声で召使いに助けを呼んだのだが、そっちの美女は今、冷たい目線を俺に投げかけていた。「なんもねぇのに呼ぶんじゃねえよ」とでも言いたげな険しい表情が俺に突き刺さる。


 「ロイド様。若い女性に絡んでもらえないからと、嘘をついてまで私と話そうとしないでください」


 「そんなダサいことできるか!

 えまじで見えてないの?てか、あんたもなんか喋れよ!!あ、もしかして喋れないの??」


 矢継ぎ早に話すと儚さとは無縁の存在感の強い声。


 『は?馬鹿にしてるのか貴様』


 無表情のまま言葉だけが強かった。


 「なんか思ってたのと違った!!」


 「見るに耐えませんね、、、」


 メイドの可哀想なものを見るような表情が、侮蔑の目に変わる。


 真っ黒で真っ直ぐな長い髪から覗く瞳は、大きいはずなのに限界まで細められている。


 見えないのだから、もちろん声も聞こえていないのだろう。1人で意味のわからないことを叫んでいる主を見ればそうなるのも仕方がなかった。


 「待って!」


 俺は慌てて止める。


 「出ていきたいのはわかるけど俺をひとりにしないで!!」


 俺の社会的立場を捨てた必死の懇願。


 「は?なんですか?」


 無惨にはたき落とされた。


 「私には見えないのですが、ご主人様には長髪の女性が見えていらっしゃるんですよね。なら、1人じゃないじゃないですよね。良かったですね」


 「ちがう!そういう意味じゃない!!てか、雇用主の言うことは聞けよ!」


 「はいはい。職権濫用して、結局、私の言った通りですか。

 分かりました。どうぞ好きにしてください」

 

 「好きにしてってなに!?」


 『気持ちの悪い男だな』


 「うるせぇよ!!」


 つい反射的に叫ぶ。

 冷めた目をこちらに向けたメイドがそっとドアノブを握りしめる姿が目の端に映る。

 結局、放置を選んだらしい。


 「あー!信じなくてもいいから待ってください!一生に一度のお願い!」


 放置は嫌だ、理由は怖いから。

 俺は文字通り土下座することにした。


 「とても貴族様とは思えない醜態ですね。恥ずかしくないんですか?」


 「お前も召使とは思えない態度だよ」


 『お前の人徳の問題ではないのか?』


 「おっけー。ちょっと黙っててくれ?」


  「……はあ」


 メイドは、深くため息をついた。


 そのままドアノブから手を離し、振り返ってこちらを見る。

 逃げるのをやめた、というより――観察する顔だった。


 「一応確認しますけど」


 嫌そうに、

 ものすごく嫌そうに。


 「今、ここに“誰かがいる”と本気で思っているんですよね」


 「本気も本気。冗談だったらもうちょい笑い取ろうとしてる」


 『その割に説得が下手だな』


 「お前は一旦発言を慎め」


 視線だけで威圧すると、黒いドレスの女はふん、と鼻を鳴らした。

 どうやら黙る気はないらしい。


 メイドは俺の様子を、頭の先から爪先まで見回す。


 「……目の焦点は合っていますし、呂律も回っています。幻覚にしては随分はっきりしていますね」


 「でしょ?」


 「ただし」


 ぴしり、と言葉を切られる。


 「ご主人様は昔から、突拍子もないことを急に言い出す癖があります」


 「え、なんだ?」


 「昨年は『庭の木が俺を睨んでいる』と騒ぎ」


 「睡眠不足だった!」


 「半年前は『食器棚の奥に別世界への扉がある』と」


 「あれは完全に雰囲気が悪かった!」


 「三日前は『俺は今、人生の分岐点に立っている』と」


 「それは誰でも定期的に思うだろ!!」


 冷静に列挙されると、

 俺の信用残高がマイナスに突き抜けていることがよく分かる。


 なるほど。

 オオカミ少年か。


 いや、俺は嘘をついていた覚えはない。

 ただ、事実かどうか怪しいことを大真面目に言っていただけだ。


 『それを嘘というのでは?』


 「定義の話は今どうでもいい」



 メイドは腕を組み、少しだけ考え込む。


 「……仮にですよ」


 「仮に、です」


 念押しするように言ってから。


 「ご主人様に“何か”が見えているとして。それが事実だとして」


 俺は息を止める。


 「それが、

 “今ここにいる私たちに見えない理由”は何ですか?」


 ……来た。


 信じる前提じゃない。

 論理の穴を突く質問。


 こういう時、

 俺はだいたい失敗する。


 勢いで言えば胡散臭くなるし、

 慎重になれば言い訳がましくなる。


 どちらに転んでも、

 信用は増えない。


 「……知らない」


 だから、そう答えた。


 「分からない。理由は」


 自分でも意外なほど、落ち着いた声だった。


 「ただ、見えてる。

 聞こえてる。

 それだけ」


 『ふむ』


 黒いドレスの女が、顎に指を当てる。


 『随分と投げやりだな』


 「説明できないことを無理に説明しようとして、

 信頼を完全に失うよりはマシだ」


 これは経験則だ。


 人生はだいたい、

 「うまく説明できなかったせいで面倒になる」

 の繰り返しだから。



 メイドは、俺の顔をじっと見ていた。


 嘘を見抜こうとする目、というより。

 “判断を保留する”目だった。


 「……一つだけ確認します」

 「その“何か”は」

 「ご主人様に危害を加えますか?」


 俺は即答した。


 「今のところ、口が悪いだけ」


 『貴様』


 「事実だろ」


 沈黙。


 メイドは小さく息を吐き、

 そして、こう言った。


 「分かりました」


 「信じません」


 即答だった。


 だが。


 「ただし」


 彼女はドアから完全に手を離し、

 部屋の中へ戻ってきた。


 「今日一日は、

 “信じないまま”様子を見ます」


 「……それって」


 「異常行動が続くようなら、

 医師を呼びます」


 「妥当すぎる判断だな!」


 黒いドレスの女が、

 くつくつと笑った。


 『面白い』


 『信じてもらえないが、

 切り捨てられもしない』


 『実に中途半端だ』


 「うるさい」


 でも、

 悪くなかった。


 少なくとも、

 完全に一人じゃなくなった。


 それだけで、

 今は十分だと思えた。


 


 

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