イタズラしないでショゴスちゃんっ!

超!カピバラ

第一章『神海の蒼き歌姫』

01【これはほんの気持ちです!】



 今年も桜の季節が到来する。しかし、

「……やっぱり来ないか、新入部員……」

 オカルト研究部には誰も来ない。現在、部員は一名のみ。当然、学校からは正式な部活として承認されていないので、部室も与えられていない。仕方なく立ち入り禁止の旧校舎の一室を拝借している。

 野太い溜め息が部屋を満たす。古いノートパソコンの画面には、何やら未確認生命体の目撃情報が集まる掲示板が映し出されている。


「どれどれ、◯◯市◯◯町の田んぼでイエティを目撃? いやいや、日本にイエティはいないっしょ……冷やかしはやめておくれよ」フゥ、と一息ついた後、続けて目撃情報をチェックするオカルト研究部部長。


「河童と河童巻きを食べました。とても気に入ってくれたみたいで良かったです、だって? いやいやぁ」

 部長は飲みかけのコーヒー牛乳を一口飲むと、再びマウス片手に有益情報を漁る。部室の壁、——勝手に間借りしているだけではあるが、その部室の壁には部の最終目標が貼り出されている。部長の夢は、ツチノコの捕獲だ。


「まっさかぁ、なになに? ◯◯市夢咲町の裏山で、ツチノコを捕獲……? え、これからそれを持って入部してきます? ツチノコがそんな簡単に見つかるわけな……」彼の言葉を遮るように、ガラガラ、と部屋の引き戸が開くと同時に華奢な少女が飛び込んで来た。真っ白な肌に薄桃色のふんわりショートヘア、双葉を彷彿とさせる立派なアホ毛に兎さん顔負けの赤い瞳の少女は元気いっぱいにくるりと回転しながら、部長の前でピタッと止まった。

 真っ白なワンピースタイプの制服のスカートが、フワリと膨らむ。


「一年A組の大穹双羽おおそらふたはと申しますっ! オカルト研究部への入部を希望しますっ! これはほんの気持ちですっ!」


 ドン、とデスクに差し出された生きもの、

「ツチノコです!」ドヤァ、と、この上ないほどのドヤ顔で、跳ねても微塵も揺れないであろう胸を張る少女と、この瞬間、夢が叶い部活の最終目標を失った部長の図は、それはそれはシュールなものだった。

「ブチョー、これからよろしくお願いしますね!」クスクスッと悪戯に笑う双羽の笑顔に不意を打たれ、頬を真っ赤に染めた三年生のブチョーは裏返った声で「よ、よろしく」と全身の肉を震わせた。


「念願の部員、キター!」


 夢咲の空に野太い雄叫びが鳴り響いた。




 一方、町の寂れた商店街には、トコトコ、トコトコと、陽気なステップで歩くカピバラとそれに跨りキャッキャと騒ぐ幼女の姿があった。要約すると、カピバラに乗ったピンクのワンピース姿の幼女が町を散歩している。


「おやおやショゴスちゃんじゃないか、このお菓子を持って行きな」

「おおお、ショゴスちゃん、ジュースでも飲んで行きんしゃい」

「あーっ、ショゴスちゃんじゃーん! 超かわゆいんだけど〜、一緒に写真撮ろ? はいピースピース」


 八百屋も肉屋も、サボリ中のJKも、彼女を見るなり寄って来る。人気者の名は、ショゴスちゃん。古の神話生物で、大穹双羽の親友でもあるショゴスちゃんはJKに貰ったペロペロキャンディを幸せそうに頬張りながら商店街を後にした。


 ここ夢咲町ゆめさきまちには、ヒトならざるモノたちが多数棲みついている。

 例えば、駄菓子屋を営む年齢不詳の堕天使や、人間と結婚したサキュバス等、様々な種族が集まってくる。この町には、そういった存在が惹きつけられる何かがあるのか、それはわからないが、ここ最近だと、這いよる混沌と呼ばれ恐れられている邪神も居座っているとか。


 そしてまた一人、夢咲へやって来たヒトならざるモノがいた。

 雲一つない快晴の空を映し込んだかのような透きとおったスカイブルーの長髪が、桜を乗せた春風になびく。

 小さな身体に不釣り合いなオーバーサイズの白いTシャツの下に、スクール水着を着用している変わった風貌の少女は、腰に手をやりこの上ないドヤ顔で勝ち誇る。背丈にそぐわぬ立派なモノがポヨヨンと跳ねたのはさておき、

「ふふーん、ここが夢咲ね。確か、この住所に住んでるって言ってたわよね」けど、住所見ても土地勘がないからどっちに行けばいいかわかんないじゃない、そう呟き頬を膨らませた彼女の前を、カピバラに跨った幼女が横切って行く。


「ちょっとアンタ、面白いものに乗ってるじゃない」

「……テケリ・リ? おまえ誰?」

「お、おま……ま、まぁいいわ。アタシはクティーナ、アンタ名前は?」

「ショゴスはショゴス」八百屋に貰ったスナック菓子を貪りながら答えるショゴスちゃん。カピバラの頭に食べカスが引っかかっているのが気になって仕方ないクティーナは、気を取り直しショゴスちゃんに問いかける。


「ショゴス……ちゃんね。アタシのことはクティでいいわよ。それより少しいいかしら? この住所に用があるんだけど、土地勘がなくて困ってるのよね」

「とんちんかん?」

「土地勘よ。で、どう?」わかるかしら? クティはそう言って住所の記された紙切れを差し出した。

 ショゴスちゃんの頭の上にあるスライムみたいな形状の生きものっぽい奴がピョコンと跳ねると同時にショゴスちゃんは先の溶けた手のひらを叩いた。


「ここ、ショゴスの家だったリ、テケリ・リ」

「え、そうなの? どういうことかしら……同居している? 古のものが創り出した奉仕種族と外なる神が……?」


 クティは首を傾げた。少し考える素振りを見せたあと、こう続ける。

「ま、今の時代、邪神とショゴスが一緒にいても変ではないか! ねぇショゴスちゃん、アタシをそこまで案内してくれない?」

 ショゴスちゃんは大きなジト目をパチクリさせて「ショゴス、遊びに行くから、その後でも良かったらいいの、テケリ・リ」と言った。クティは少し悩んだが、「わかったわ、ついでに町を案内してもらおうかしら」と、やけに偉そうに腕組みをする。


 こうしてショゴスちゃんの日課に付き合わされる形になったクティだったが、まんざらでもないのか、楽しげな表情でカピバラに乗った幼女について行くのだった。

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