テントの形は人それぞれ
「お、お待たせしました」
二人がくつろいでいると、そこにソーハも合流する。自転車を持って、ぱたぱたと走りながら。
「おお、来たか。ソーハさん」
「ソーハちゃんおつー。って、自転車ごと来たの? 駐輪所とか無かったっけ?」
「いや、あったんですけど、管理人さんに事情を話したら、『芝生を傷つけないなら自転車くらいは持ち込んでいいよ』って」
このキャンプ場では芝生の保全のために、車両乗り入れが所定の駐車場や駐輪場までとなっている。しかし荷物を運ぶ都合などで、キャリーなどの通行は規制されていない。
見れば、ソーハの自転車は荷物を満載している。後ろにはリアカーまでついていた。いわゆるサイクルトレーラー。牽引自転車というやつだ。
「まあ、これでキャストは集まったじゃん。どーするー? BBQの前に、テント張っちゃう?」
キタローが乗り気で提案する。明るいうちにテントを張っておいた方がいいのは間違いない。
……が、
「いや、俺は車中泊でいいよ。そのつもりで来たからテント無いし」
「え? いや、キャンプの醍醐味は?」
「軽自動車で車中泊だって立派なキャンプだろ」
そもそも、ノボルにキャンプ趣味はない。その都合、登山だってもっぱら日帰りだ。今回もソーハの思いつきに付き合っただけで、キャンプそのものに興味はなかった。
「そ、それじゃあ、ボク、テント組み立てます」
ソーハがそう言うと、キタローは待ってましたとばかりに目を輝かせる。
「大丈夫? 一人で出来そ? なんか困ったことがあったら、あーしを呼んでね」
「は、はい」
要するに、キャンプの経験がある者として、ちょっとドヤ顔してみたかったのである。趣味に生きる者が逃れられない宿命、とも言えるかもしれない。
「えっと、それじゃあ……えい!」
ソーハは、まず自分が乗ってきたMTBの前輪を外した。
「え?」
おおよそ『テントを張る』といっていた発言とかけ離れた行為に、キタローも目を丸くする。念のため横を向いてみると、ノボルも同じようにぽかんと口を開けている。
「あのー、ソーハさん。いったい何をしてるんだ?」
「あ、ボクのテント、こういうのなんです」
どういうのだよ!? というツッコミをギリギリで我慢しながら、ソーハの奇行を見守る二人。
ソーハは、前輪を外した自転車を、地面に固定した。車軸の代わりにダミーのネジを嵌めて、どこから取り出したか分からない台座に固定する。
それから、ハンドルに布をかけた。その布の端をペグで押さえて、自転車をしっかりと固定する。
布の反対側には、大きなポケットがついている。まるで鯉のぼりのような、細くて長い筒状の布。その奥のポケットに、今しがた外された前輪が収まる。
「んっ。しょ」
前輪を可能な限り引っ張って、まるでうなぎの寝床のようなテントを張る。そのまま前輪が倒れないように、こちらも布をペグで固定。
「そっか。自転車のハンドルと前輪を、それぞれテントの骨組みとして使ってるんだー。構造的には吊り下げ式と同じ。でも吊り下げる場所を必要としない。そんなテントってことー?」
「そ、そうなのか?」
「……多分」
「自信ないのかよ」
「あーしだってこんなの初めて見るって」
二人の会話をよそに、最後の仕上げにかかる。サドルにフライシートの端を引っかけて、そのまま全体を覆ったら完成だ。
「これで出来上がりです」
「……どっから入るのー?」
「それは、この側面の隙間から」
「ソーハさん。こっちのシートは?」
「あ……それ、先に敷かなきゃダメなグランドシートでした」
ソーハにとっても、この装備を使うのはほぼ初めてだ。家で一応の練習はしてきたが、まだ使い方の分からないところはある。
「仕方ない。キタロー、手伝え。俺が自転車本体のハンドルを持ち上げる」
「はいはーい。仕方ないなー。あーしはタイヤ持ってればいいのね」
「ありがとうございます。ボクがシートを滑り込ませます」
本来の手順とは違うが、その気になれば修正が効くのもキャンプのいいところだ。
完璧にやらなくてもいい。何しろ、時間はたくさんあるし、誰かと比べて競う必要も無いのだ。
「さて、それじゃあ準備が出来ちまったが、後は何をすりゃいい?」
テントを張って、拠点を設営してしまえば、あとは何もやることが無いというのが本音だ。夕食の準備といってもBBQを予定しているため、時間は持てあます。
「そーだねー。じゃあ、あーしはコンロだけ組み立てとくから、二人のうちどっちかが薪、どっちかが水を持ってきてよー」
「薪? 今日は炭火を使うんじゃないんですか?」
「あー、違う違う。BBQに使うんじゃなくて、フツーに焚火に使うの。高原の夜ってそこそこ冷えるしねー。今日は風もある予報だしー」
言われてみれば、夕方のこの時間であるにもかかわらず、既に過ごしやすい気温になっている。
自転車で火照ったソーハの身体も冷えてきたし、ノボルも先ほど長袖パーカーを羽織ったところだ。
「ちなみに、薪と水ならどっちが重い?」
「どっちもどっちじゃないかなー。そんな冬みたいに寒いわけじゃないから、薪なんか一束あればいいだろーし。水も3人ならこれ一つでじゅーぶん。何なら多いくらい」
キタローは4リットルは入りそうなジャグを取り出し、二人の中間に掲げた。
「ちなみに、薪はどこから拾ってくるんだ?」
「拾うの禁止。管理棟に行けば500円くらいで売ってるよー。割高だよねー」
「お水は、どこから汲むんですか?」
「そこに屋根が見えるでしょー。あそこにシンクだけはあるからー」
距離としては、どう考えても管理棟の方が遠い。
「よし。それじゃあ俺が薪をもってくる。ソーハさんは水を頼む」
「え? でも……」
「いいからいいから。力仕事は任せとけって」
もちろん、ソーハの体力が無尽蔵なことは知っている。今更それを疑う余地はどこにもない。ただ、こういうときに女子に力仕事をさせないのがノボルの流儀だ。格好つけたいだけとも言う。
(それに、ちょっと歩きたい気分だったし、な)
広い空に、大きな雲。夏を先取りしたような空模様と、新緑の芽吹く山。
ソロ登山家としての気持ちも、少しうずくのだった。
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