第47話 なんだってできそうなくらいにね
次の日、サマンサはリューダの元に向かった。長官から渡された総督のものだという血液が付着したガーゼと、自身の傷口に当てていたそれをコートのポケットに入れている。それに加え、啓発官のガサ入れの話をリューダからされているのも気がかりで、安否を確認せずにはいられなくなった。
彼女が家の前につきチャイムを鳴らすと、ほどなくして『サム! どうぞ入って』と声が聞こえた。サマンサは安堵し、扉を開けて中に入った。部屋ではリューダがインスタントのコーヒーを淹れて待ってくれていた。
「もう、いつも突然押しかけてくるんだから。こんなものしか準備できないでごめんね」
「いいの。ちょっと心配になって寄っただけだから。それにしてもあなたも部屋の様子もずいぶん変わった気がするけど」
サマンサは部屋を見渡した。以前来た時とはまるで変わっていた。資料や機材で荒れ放題だった部屋は綺麗に整頓され、物も明らかに減っている。そして、リューダ自身も髪をさっぱりと切り揃えられ、明るい面影になっていた。
「サムに告白してからわだかまりがなくなったというか、怖がってばかりじゃ外にもまともに出られないでしょ。さすがに嫌だなって気持ちになって、髪もちゃんと整えてみたの。どう?」
そういってリューダは髪を触りサマンサに向けた。さっぱりと垢抜けたような感じが好印象だった。
「似合ってるよ。今までにないくらいにね」
「えー? それって褒め言葉?」
くすくすと笑うリューダにサマンサはほっと胸を撫で下ろした。ここまで自然体な彼女の姿は見たことがなく、元気そうだったのが心の底から良かったと思えた。
「それで、どうせ今日も何かを調べてほしいって来たんでしょ。バレバレだよ」
サマンサは笑みを浮かべてそういうリューダに、ゆっくりと代物を取りだしていった。
「これ、DNAを調べてほしいの」
「なにこれ、血?」
「ええ。これが一致してるかどうかを調べてほしい」
リューダはそれを受け取り、しばらく見つめてから言った。
「サムが変なもの持ってくるのはよくあることだけど、血の付いたガーゼなんてさすがに⋯⋯誰のものなの?」
サマンサは心配そうに覗き込んでくるリューダに堪えきれず答えた。
「総督と私の」
その一言だけでリューダは詮索をやめたのか、「わかった。数日で済むから。終わったら連絡する」と返した。
「そういえばさ、サム。あの」
「どうしたの」
急に神妙になったリューダが、机の引き出しから真新しい1枚の新聞紙を取り出した。丁寧にたたまれた新聞紙を広げたそこには、“
「これ、サムが書いたんだよね」
サマンサが黙ったままうなずくと、リューダは広げた記事を眺め、「やっぱりサムはすごい」とぽつりといった。
「朝刊ひらいたらびっくりした。なんでヴォーリァ・プレスにこんな……総督のこと批判するような記事があるのかって」
「伝手があって紛れ込ませたの。でもどうしてしまっておいてるの。正直、保管しておくのはおすすめしない」
リューダは「そんなことない」とその記事をひるがえした。
「淡々としているけど、事実ってこんなにも力強いんだってことに気づいたから。こういう人たちがいることに気づいた証として大事に取っておきたいの。ヴォーリァ・プレスに紛れ込ませてたなら、ほとんど全国民が読んでるってことでしょ。だとしたら、きっと同じこと思った人が何人もいる。だから怖くない」
サマンサはその言葉に肯定も否定もしなかった。むしろ感じたのは居心地の悪さであり、総督を信奉していたころの自身をいちばん知っている人にこの記事を読まれることの恥じらいだった。反体制派を記事にしているのに、視点を少し変えるだけでそんな感想を抱かれるとは思っていなかったのだ。しかもそれが、大学時代からの親友ともなればなおのことだった。
「勇気が湧いたの。本当に勇気が湧いた。なんだってできそうなくらいにね」
リューダは新聞紙を再び丁寧に折りたたみ、机の引き出しに大事にしまった。
「研究所の話、せっかく打診されたのを蹴っちゃったけど、もう一回挑戦してみようと思う」
「本当に? リューダなら絶対受かる」
リューダが将来について前向きに話してくれるのは、サマンサにとって喜ばしいことだった。まして、自室に籠ってカーテンを閉め切り、研究に没頭しているとはいえ自分の殻に押しとどまっているのは良くないとわかっていた。
「私はリューダの味方だから。応援してる。頑張って」
「うん、ありがとう」
窓から差し込む光がリューダの横顔を照らした。垢抜けた笑顔が、サマンサにはいっそう輝いて見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます