レイリアス・ミュゲ・トーズラントの秘密

 わたしの中に、もうひとりの人がいる。


 7つのころから声が聞こえた。声は自分を《ナナ》と名乗り、遠い《ニホン》という国で死んだたましいなのだと言った。


 きっとだれにも信じてもらえないから、だれにも言わないけれど、わたしの中に何かがいるのは分かるのだ。


『レイ、ちょっといい?』


 また声が聞こえた。

 ナナの性別は分からないが、女の人のような気がする。マーガレットみたいにキンキンする声じゃないけど、じいやの声ともちがうから。


 人がいるときは、声を出さないで心の中で返事をする。

 たまにうっかり声を出してしまうから、あまり人がいるときには話しかけないでほしい。


 でも、今は部屋にだれもいないから、返事をしてあげるわ。


「なあに?」

『えーと、実は渡すものがあってさ……お裁縫箱を開けてくれる?』


 たまに、ナナはわたしの身体を勝手に使う。最初はおこったけど、今はそこまでおこらない。ナナはおしゃべりでうるさいし、しかも何を言ってるのか分からないことも多いけど、わたしのイヤなことはしないから。


 ナナの言うとおり、わたしはおさいほう箱を開ける。


「これなあに?」

『簪よ。年末にラメルノアに行ったとき、ケン爺さんに作ってもらいました! いやあ、ケン爺さん器用ね!』


 箱の中には、木のぼうが入っていた。

 カンザシは知っている。海の向こうの国から伝わった、かみかざり。けど、カンザシの先の飾りは知らない。小さな布で作った花の飾り。

 青いお花は、まるでベトロステラの花みたい。


「カンザシにコサージュをつけたの?」

『そうよ。つまみ細工っていってね、私の国の工芸品なのよ。小さな布を折りたたんで、花びらにするの。あ、真ん中にはマルシェで買ったシェルボタンを付けてみたよ』


 言ったとおり、花の真ん中には、ラメルノアのマルシェで買ったボタンがあった。

 わたしがナナにあげたのに、わたしのプレゼントに使っちゃった。

 どうして? と聞くと、ナナは笑った。たぶん、顔が見れないからそんな気がするだけ。

ナナが笑うと笑ったって分かる、ナナがおこると怒ってるって分かる。


『レイはさ、あんまりキラキラした、ハデハデなアクセサリー好きじゃないでしょ? 目立つのも好きじゃないし。でも、公爵令嬢として派手にして、目立たなきゃじゃん? だからさ、思ったのよ。見た目がそんな派手じゃなくても、目立つんじゃないかって』


 わたしはドレスが好きじゃない。アクセサリーも好きじゃない。だって、動きにくいし、じゃまなんだもの。

 でも、わたしはトーズラントの子だから、ガマンしなきゃいけない。みんなはそう言うけど、ナナは言わない。

 こうやって、ガマンしなくていい方法を考えてくれる。


『つまみ細工は華やかだけど、派手過ぎないし。布の質感合わせたからさ、洋装にも合うと思うの。今度作ってもらうドレスも青系だし、イケるかなって。もちろん、気に入らなかったら付けなくてもいいわ』

「わたしのために作ったのに?」

『勝手に作っただけよ。レイが気に入ってくれたら嬉しいけど、無理して使うこともない。気に入らなかったら、別の人にあげるなり、なんなりするからさ』


 ここのおやしきには何もない。鳥の鳴き声も、草の匂いも、やわらかい土も、わたしの好きな物は何もない。

 あるのは、ドレスに、アクセサリーに、お茶会。何もないくせ、余計なものばかりあった。どれもこれもいらないもの。わたしの欲しくないもの。

 

 でも、これをつけてお茶会に行くところを想像すると、ちょっとだけわくわくした。


『簪があるって聞いてから、作ってみたいと思ってたのよね。……でも、簪の使い方までは伝わらなかったみたいだね』

「髪をまとめてから、さすのでしょう」

『その使い方もあるわ。でもね、簪1本で髪をまとめることも出来るのよ』


 後で見せるわね、とナナは言った。その言い方が、お母さまの言い方に似ていて、胸がぎゅっと痛かった。


『レイは髪が長いから、1本だとポニーテール風になるかな。……レイ? どした? やっぱ好みじゃなかった?』

「ううん……。こんど、つけてみる。……ありがとう」


 恥ずかしくって小さな声でお礼をすれば、ナナは嬉しそうに、どういたしましてと言った。

 変なの。ナナは何ももらってないのに、嬉しそうなの。いつもそう、ナナはわたしに何か作るたびに、わたしより嬉しそうにする。


「ナナって変よね」

『お、ツンデレか? ツインテールにするぞ?』

「そーゆー、変なことばっかり言うからよ。……どうやって作ったの?」

『あー、布を3センチの正方形に切って、折るの。ピンセットがあれば楽なんだけど、ないので、私は箸を使ったのね。これもケン爺さんに作ってもらってね』

「……こんな枝、どうやって使うの?」

『よし、まずは、箸の使い方からだな! 任せな、私は小3のクラスで箸が上手いランキング第1位に輝いた人間! 箸の使い方だけは、よく褒められてきた自負がある!』

「は?」


 それから、ナナとふたりハシの使い方を練習した。

 ナナはうるさいし、何言ってるか分からないし、ときどきイヤになることもあるけど、でもキライじゃないの。

 うん、キライじゃない。

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