第23話 名前
「気がついたみたいですね」
わたしがエルランド王子だと思い込んでいた、ぽっちゃりとした男が言った。
じゃあ、あなたは誰?
心の中で言ったのに、ぽっちゃりとした男は答えてくれた。
「わたしはライナスと申します。もうずっとエルランド様にお仕えしている者です」
それを聞いて、咄嗟にすぐ真横にいる、本物のエルランド王子の顔を見た。
「ライナスは、ああ言ってるけど、兄弟のようなもんだから」
本物のエルランド王子は笑って言った。
「舞踏会の日、訳があって、わたしが彼の身代わりとして王子のフリをしていました。セシリアが間違えるのは当然です。エルランド様が従者の服装で、『自分が王子だ』と名乗っても説得力がないですから」
ライナスはその時のことを思い出したのか、少しおかしそうに言った。
これが、エルランド王子の噂の真相だったんだ。
『とってもお綺麗なお顔立ちの方だと言う人もいれば、あまりぱっとしない人って言う人もいる』
そうミラベルは言っていた。
そんなことライナスの前では決して言えないけど……
いろいろ、思い起こせばおかしなことは確かにあった。
「それでは……ザカリー様とミラベル様のお茶会の時、ザカリー様に普通に話しかけていらしたのは……」
「ザカリーとは仲がいいんだ。あの時、わたしがザカリーのことを『様』付けで呼んだから驚いていた。しかも自分の名前にも『様』なんてつけたりしたから。でも咄嗟に話を合わせてくれた」
「どうしてすぐにわたしの間違いを正して下さらなかったのでしょうか?」
「セシリアのせいだよ」
「え?」
「エルランド様、そのような言い方をされては……」
ライナスが言った。
「わたしが本物のエルランドだと言ったら、セシリアは普通に話なんかしなかったろ? まぁ、それだけじゃなかったんだけど」
エルランド王子とライナスは顔を見合わせた。
初めて図書室室でコンラッドに会った日、確か彼は
『あ、え』
というようなことを言った。
あれは、「あ、エルランド様」と言おうとしてたんだ。
「サイラスという名前は嘘だったんですね?」
「ごめん」
エルランド王子はいつになく殊勝な態度だった。
「サイラスは、わたしの父の名前です」
ライナスが言った。
それで、わたしがエルランド王子に向かって「サイラス」と呼びかけた時のライナスの反応も変だったんだ……
『サイ……サイラスに?』
「いろいろ問題があって、正式にセシリアを招待できなくて、ザカリーの侍女ということにしてこの国に呼んだけど、それが事態を動かすことになったのは想定外だった」
エルランド王子が言った。
「エルランド様はずっと誰かに命を狙われていて、その首謀者を探していたんです。まずは、敵が国の中なのか、それとも外なのか、それを判断するための身代わりでした。エルランド様は公務がお嫌いで、公の場に出ることをされて来なかったのが幸いでした」
ライナスがエルランド王子の言葉に付け加えた。
「数年この入れ替わりをやってきて、敵が本物のエルランド様を知っている者で、誰なのか、だいたいの目星がついてきました。けれども、証拠がつかめないでいたんです。それで昨夜、『エルランド王子が夜中にこっそり出かける』と、ある人物の耳にだけ入るようにしました。そいつは、剣も携えずにセシリアのところに行く姿を見て、チャンスだと思ったんでしょう。ようやく尻尾をつかんだってわけです」
誰が暗殺者を送った人物だったのかは教えてくれなかった。
でも、きっと重要な職務についている人だったのだろうと容易に推測できた。
王位継承順位1位のエルランド王子が、お供も連れず、無防備な姿で夜中に出かけるなんて、チャンスだと思ったに違いない。
そんなことを考えていたら、ふと疑問が浮かんだ。
「あの、もし想像していた人が犯人じゃなくて、誰も部屋に入って来なかったら、どうされるおつもりだったのでしょう?」
わたしがそう言うと、ライナスは、
「そろそろ行かないと。いろいろ雑務が残っているので。今日は本当に忙しいんです。片付けなければならない問題が山積みで……わたしは失礼させていただきます」
そう言いながら、立ち上がり、そそくさと部屋を出て行った。
それで、わたしが横にいるエルランド王子の方を向くと、エルランド王子の顔が思った以上に近いところにあった。
エルランド王子はその綺麗な顔で微笑むと、
「それはもちろんそのまま……」
そう言って、わたしをソファに押し倒した。
「セシリア……」
エルランド王子が何か言いかけたその時、ドアをノックする音がして、
「エルランド様、ザカリー様がお見えです」
と、声がした。
「今忙しい!」
とエルランド王子は答えたが、いきなり扉が開いて、ザカリー王子が部屋に入って来た。
そして、こちらを見ると、笑いながら言った。
「エルランド、悪いんだけど、セシリアを返してもらっていいかな? そろそろこちらを出ないと、国に帰るのが夜中になってしまうから」
「おいて帰ればいいのに」
エルランドは渋々といった風に答えると、起き上がり、わたしに手を貸して起こしてくれた。
「そうもいかないよ」
ザカリー王子はまだ笑っていた。
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