第36話 天使
「このマジック・エッグってさあ、うちの家宝ではあるんだけれど、良くばあちゃんが言っていたんだよな。これを使うときは、きっと運命だって」
「運命?」
ザックが何を言い出すかと思いきや、ある意味ポエムのような感じだった。
しかしその発言を無碍にも出来ず、俺は素直に訊ねた。
「ばあちゃんがずっと言うんだよ。うちの家宝は、使うことが出来るアイテムだ、って。けれど、そのアイテムを使おうとするのは、絶対に一度きり。それも、使うのはこれだ! というタイミングじゃないとだめだ、って。適当なタイミングで使ってしまったら、何の意味もない。けれど、抜群のタイミングで使えばそれは問題なく行使出来るだろう、ってさ。あの時、ばあちゃんが何を言いたかったのかさっぱり分からなかったけれど……。きっと、きっと、それって今だと思うんだよな。分からないけれどさ、全くもって確信はないけれど……」
ザックの言っていることは、側から見れば荒唐無稽だ。
しかし、こいつはいつもそうだ。昔から何とも説明し難い能力——未来を予知するとでも言えば良いのか——そんな力を秘めていた。
ザックの家系がそうだったのか、と言うことは聞いたことがない。
なぜならザックの両親は、ザックがそれを問いかけてもはぐらかしてしまうばかりだからだ。
「……お前がそう言うのなら、そうなんだろうな」
そして、大抵——ザックの言っていることは真実だ。
だから、ザックの言っている未来予知は未来予知として成立するのだから。
「ザック。良いから、使ってみてくれよ。そのマジック・エッグを、さ」
だから、俺は急かした。
ここで立ち止まっていても何の意味もない——意味のないことならば、ここで延々と停滞している理由は何一つとして存在しないから、だ。
「分かった。……使ってみるよ。でも、文句は言わないでくれよ?」
「どうして?」
「だって、これがどんな代物か分からない。分からないと言うのは、幸福と同等の恐怖が入っているってことになるんだ。かつて科学者が実験した、箱の中に猫を入れて毒ガスをばら撒くと、箱の中に居る猫は生きている状態と死んでいる状態が同時に存在することになる……まさに、そのことを言っているんだよ」
「ザック。言いたいことは分かる。仮にこいつが使えないものであったとしても——だとしても、だよ? それが悪いとは思わないし。それを信じたのは俺だから」
別にザックに全責任を負わせるつもりなど、毛頭ない。
それぐらい分かっているし、当たり前のことだからな。
「そうはっきり面と向かって言われると……、へへ、ちょっとばかり恥ずかしさも覚えてはしまうよな」
「……何か言った?」
ザックが何か言ったような気がするけれど、それを聞かなかったことにした。
或いは、聞こえなかっただけのことをただカッコつけて正当化しただけかもしれないけれど。
「……使ってみようか?」
一応、何が出てくるか分からない状態のため、外に出ている。
マジック・エッグは、サイズだけで言えば手のひら大でしかないのだが、しかし中に入っているものはそのサイズを凌駕することもある。何故そんなものが生み出されてしまったのか、そして何故今はそれが潰えてしまったか——色々と分からないが、まあ、事情もあったのだろう。詳しいことは分からないし、調べる気にもなりはしない。
とはいえ。
今はこれが唯一の突破口であると言うのなら——使わない手はない。間違いなく。
マジック・エッグを使うには、あまりにも簡単なたった一つのステップだけで良い。
適当な場所へ、マジック・エッグを放り込むだけ。
まるで卵を割るかのように。
そして、ザックはその教えを守るように——マジック・エッグを大地へ放り投げた。
◇◇◇
卵が割れて、内側から何かが膨れ上がる。
どういう仕組みでこのマジック・エッグが存在するのかは、本当にわからないけれど——これを開発した人間は、一体どう言う思考を持ってこれを生み出したのだろうか? 全くもって、理解できなかった。
そして、そこから出てきたのは——少女だった。
しかし、その背中には、羽が生えている。
「……何者?」
「いやいや……えっ? 我が家のマジック・エッグって……人間を閉じ込めていたのか?」
膝を抱えるような形で寝ていた少女だったが、やがて目を覚まし、その翼をはためかせる。
「おはようございます。何だか長い時間眠っていたような、そんな気がしますけれど……。あなたが、わたしを目覚めさせたのですか?」
鈴を鳴らしたような声だった。
その声を聞いただけで、何だかどうでも良くなってしまうような、ある意味ダメになってしまうような、そんな声だ。
「ええ、まあ、そうなるのかな……?」
ザックは何故かとても丁寧な感じでそう言った。
しかしながら、言いたい気持ちは理解できる。俺もザックも、例えば船のような道具が出てくるとばかり思っていたからだ。しかし、蓋を開けてみれば出てきたのはまさかの人間——しかし翼が生えていることを踏まえると、ただの人間ではない——だ。だからこそ、何が起きたのかさっぱり理解できず、しっかりと咀嚼しなければ意味がない、という感じになってしまうのだけれど。
しかし、そんな曖昧とした回答でさえも、少女は好意的に捉えたのか、目をキラキラさせながら破顔させ、
「良かった!」
と言って、いきなりザックの手を掴み、握手した。
そして、ブンブンと効果音が出てしまうぐらい手を上下に振りながら、
「少なくとも、あなたは悪い人ではなさそうですし……、とてもとても良かった! わたしも、良い人に巡り会えたら嬉しいなあ、なんて思っていたの! だから、だから……とても嬉しい!」
「嬉しいのは分かったけれど……、あまり手を振らないでくれるか。ちょっと、ザックが疲れているようだし。それに俺だってあんまり状況を理解しきれていない……」
ザックは何が起きているのか分かっていないためか、もはやこちらに目配せをすることしか出来なかった。だから、代わりに俺が発言をしている次第だ。
発言、或いは質問——詰問ではないことは間違いないか。
少女は、俺の言葉にきょとんとした表情を浮かべて、
「そうでしたか? まあ、確かにわたしがマジック・エッグの外に出るのは随分と久しぶりなことではありますけれど……」
「ザック、お前の家系ってどうなっているんだよ? 女の子を卵の中に閉じ込めて……」
「はあ? いやいや、俺だって知らなかったっての! 最初から分かっていたら、俺だって自信満々にお前のところに持ってこようなんてしなかったって」
……ここで、言い合いをしても無駄か。
そう思いながら、俺は改めて問いかける。
「ところで、君は何者なんだ? 翼が生えているところからして、ただの人間ではないだろうけれど……」
「わたしは天使です」
「えっ?」
驚く俺たちをよそに少女は——天使は話を続ける。
「わたしは天使のライアーです。円卓やガラムド様に仕える天使の中の一柱ですよ。どうぞ、お見知り置きを!」
そう、ライアーは屈託のない笑顔で俺たちに自己紹介するのであった。
その果実は禁断なり 巫夏希 @natsuki_miko
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