初仕事-02



 ドワイトの声が低く、冷たいものとなった。同時にレオンは自分が何をしに来たのかを思い出し、子供とは思えない憎しみを瞳に宿す。

 背後でジェイソンが倍倍に増えていき、レオンがご主人の仇と呟いた瞬間。


 辺りは太陽が消滅したかのように真っ暗になり、盗賊達の間に動揺が走る。

 その動揺が収まらないうちに、今度はあちこちから悲鳴が上がり始めた。


「うわぁ、うわぁぁぁ!」


「ちょ、ぶっ、痛い痛い痛い!」


 剣や銃を持っているため必死にそれを振り回しているものの、暗闇の中で空振りするのみ。それどころか仲間同士で攻撃し合う形となっている。


「ならずものおぉ!」


 突然レオンの大声が響き渡り、同時に頭上から光が差し込んだ。


 真っ暗だったのはジェイソンの大群が覆い尽くしたからであり、光が差したのはジェイソンがレオンの視界を確保させ、相手を確実に殴れるように配慮したからだ。


 武器を振れば仲間に当たる。自分も当てられる可能性がある。そのような状況でむやみに武器を振り回せなくなっていたからか、レオンの殴打に対抗しようと構えていた者は1人もいない。


 いや、もっと言えばジェイソンが全員の体を覆い尽くし、レオンが攻撃を始めた時には、そもそも身動きなど取れるはずもない状態だった。


 ジェイソンは噛みつき、引っ掻き、同時にレオンが傷つけられないよう盾にもなる。

 レオンが攻撃する時には、体が透けるように貫通。

 子供とは思えない俊敏で的確な殴打と蹴りが浴びせられ、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。


「ご主人のかたき!」


 何人もの悪党がレオンの情け容赦ない攻撃を受ける。鼻が曲がり、腕が折れ、悲鳴を上げる事も出来ない程の痛みに悶えている。

 特に上半身に何も着ていなかった者は、ジェイソンの爪で肌を切り刻まれ血まみれだ。


 獣人族には「悪者に情けを掛ける」ような慈悲文化がない。

 誰かを殺す、裏切る、騙す、故意に傷つける、誰かのものを壊す、盗む。


 そうした輩の人権は尊重されず、人とは見做さない。


 命を奪われても自業自得。獣人族は基本的に誠実であり、掟破りを嫌い、揉め事を起こさない。掟を破る事は、遵守する者達への宣戦布告に等しい。


 レオンが好戦的な暴力少年なのではなく、これが獣人族にとって当然で正しい行為なのだ。


「わかった! すまなかった! やめてくれ!」


 悪事は言葉での謝罪ではなく、償いをもってようやく許される。その償いも、発覚後自ら申し出なければ誠意と判断されない。ただの罰となる。


 もはやドワイトとレオンにとって、相手は人ではないのだ。


「そろそろ君達のお頭に会わせてくれる気になったかい? ああハロルド、食いちぎるのは指くらいにしといておくれ。腕や足は残しておかないと、売り物にならない」


 レオンだけでなく、ドワイトも当然のように盗賊達をねじ伏せていく。ハロルドは増えても10匹ほどだが体が大きく、それぞれが十分な戦力となっていた。


 ドワイトが盗賊達の腕を捻って武器を手放させ、ハロルドはご丁寧に小指だけを噛み千切っていく。腕は無事だが肩からしっかりと脱臼、もしくは骨が折れている。この場に限ればもう戦力にはならない。


「君達がこれだけ一方的に痛めつけられているのに、君たちのお頭さんは駆け付けてもくれないなんてね。そんな薄情で無能な奴に仕えていると自覚して、今どんな気持ちだい?」


「痛たた、や、やめてくれええ!」


「わかった、あ、会わせる、会わせる!」


「やめてくれじゃなくてね。今どんな気持ちなのかを聞いたんだ」


 ドワイトが盗賊の腹を全力で殴り、盗賊の体は10メルテ(1メルテ=1メートル)も吹き飛んだ。


「さて、そろそろ従順になる用意は出来たかい」


 ドワイトの冷たい一言に、盗賊達は上げることが出来る腕を上げて降参の意思を示し始めた。


「レオンくん。そのくらいにして、こいつらの親玉から金を貰いに行こう」


「ならずもの、どうすると?」


「貰う金が足りなければ奴隷として働かせて、体で稼いで貰う。心配しなくてもこいつらの負傷具合じゃ何時間も歩けない」


「おとなしいならずもの。えらそうなならずもののところ、案内しろ」


 盗賊達は凄んでもいまいち迫力のないレオンの言葉にも怯え、もはや小刻みに首を縦に振る以外にない。


 ドワイトは鞄からロープを取り出し、手際よく盗賊の手足を縛っていく。簡単に外せないよう、全員に2つずつ縄を掛ける徹底ぶりだ。


 ドワイトはそのうちの一番軽そうな男をひょいっと担ぎ上げ、洞窟の中へと入っていく。


「おれ見張りしとった方がいい?」


「ハロルドが見ているから大丈夫だよ。もし逃げたら死ぬより辛い目に遭うんだ、逃げないさ」


「どんなことになる?」


「みんな怪我をして満足に走れない。そこへ肉食獣や大型の鳥が襲い掛かって生きたまま食われる」


「じゃあ安心やね! でも売りとばせんかったら困るけん、逃げんのがいちばいい!」


 獣人族の罪に対する価値観の厳しさを知り、会話を聞いていた盗賊達はもう逃げだそうとはしなかった。





 * * * * * * * * *





「まだ奥かい? 随分と歩いたし……」


「いっぱい退治した!」


「そうだね。人数が多ければ多い程、金になる奴が増えるから。僕は有難いんだけど」


「ならずものを売りとばすしごと、お金いっぱいもらえる?」


「ああ、もちろん。人族の決まりのせいで自分では手を下せないけど、なんとかして復讐したい! って人は大勢いるんだ」


「へいいらっしゃーい、言わんでもお客さんいっぱい!」


「ん~、悪人が大勢ってのは喜ぶ事でもないんだけど」


 ドワイトは盗賊を担ぎ上げたまま、レオンは武器を腕に沢山抱えたまま。

 呑気な会話を繰り広げる後ろには、7人の盗賊が倒れている。


「このぶき、売ると? おかね好きなん?」


「お金のためじゃない、悪人をこの世から消すためだ」


「ふーん。ならずもの、おれもおらん方がいいなーっち思う」


「そう思うだろう? 人族同士だと色々と決まりがあってね。悪人も決まり通りに退治しないといけないから大変なんだ。だから、僕達の出番。さ、着いたようだ」


 松明の明かりよりも煤の方が気になりながらも、2人は歩いて数分してようやく1つの小屋に辿り着いた。


 小屋を開けると、悪趣味な宝石のネックレスを幾重にも首にかけた男が座っていた。

 首が見えない程伸びた髭、伸びっぱなしの髪、太っているが力はありそうな体格。不釣り合いなガウンを着て、怯む様子もなくふんぞり返っている。


「……ほう、先程から騒がしいと思っていたが、獣人族のお出ましとはな」


「ひげのならずもの、なまけものでおろかなならず者か? 退治して売り飛ばしちゃる」


「……コホン、まあ、確かにそんな目的で来たんですけど。紹介が遅れました、ドワイト・ボフと申します。あなたがここのお頭さんかな?」


「お前が噂の殺し屋ドワイトか。手下はどうした」


 ドワイトは悪党の間では有名な存在だった。これまでに潰された賊は数知れず、その多くが行方不明。目の前の男はそれを知っており、ため息をついて両手を上げた。


「降参だ、好きなものを持って行け」


「じゃあ、全部いただきます」


「……そりゃあちとがめついんじゃねえのかい」


「とんでもない、足りませんよ」


 ドワイトは爽やかな笑みを崩さない。レオンは会話を邪魔しないように待ちつつ、乱雑に置かれた略奪品を見回す。


 棚や床には宝石が入った箱、紙幣、金細工の飾りや絵画などが所狭しと置かれている。その価値が分からずとも、レオンはそれらが高価なものだとは理解した。


 レオンは驚き、目は輝いているものの、目的は財宝だけではない。レオンは退治した手下の数を両手で数え、足りない分はジェイソンの前足を借りる。

 それでも足りず、後ろ足の指も数え始めたところで、盗賊の頭が立ち上がった。

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