【初仕事】※幼少期編

初仕事-01




* * * * * * * * *




 レオンとドワイトは徒歩で荒野の先を目指していた。硬い地面は歩き易く、小石や岩もさほど気にならない。


 元気が有り余っているレオンはすぐに走ろうとするため、そのうちドワイトも小走りになる。


 雲1つない快晴の空の下、レオンの褐色肌もドワイトの黒い肌も日差しを全く気にしていない。

 ティアがいつもフードを被り手足を覆い、かなりの重装備で旅をしていた事を考えると、2人は旅に向いているのかもしれない。


「ドワイトのひと! まだ着かん?」


「えっと、分かってて走っているんじゃないのかい? 地図は見せただろう」


「地図っちあんま分からん! 絵なんか見て意味あると? なーんも分からんばい」


「後でもう1度教えよう。このペースだとあと1時間ってとこかな」


「おれ時計持っとらんし、見きらん! 時間分からん!」


 レオンが出来るようになったのは、お金の数え方、自分の名前の書き方など簡単な読み書き、後はスプーンの使い方。移動を繰り返すティアとの旅では、教養と言ってもそれが精一杯だった。


 他にも挨拶やむやみに走り回らない事、シャワーやトイレのマナー等々も教えたが、時計や地図の見方までは行き届いていない。


 ドワイトは自身の懐中時計を取り出し、レオンに教え始めた。レオンは機械が好きなのか、歯車が回る様子を興味深く見つめる。


「走るのはいったん止め。いいかい、この長い針がひとまわりしたら1時間だ」


「ふーん、全然うごかんね。こっちのは?」


「それが1つずれたら1時間。この細いのが1周回ったら1分。1分が60回、つまり60分で1時間だ」


「おそいけん、はやく動かそ! そしたらはやく着くやん!」


「いや、そうじゃ……」


「ねえねえ、こいつ戻したら昨日になる?」


「いや、うーん……」


 レオンは頭の回転が速いが、知識がまったくもって不足している。どんどん疑問や発想が湧いてしまうため、ドワイトは苦笑いだ。


 時計をずらした所で時間は早く進まない。その理由を科学的に説明しても響かず、とうとうドワイトは「みんなが好き勝手に動かすから、時間が言う事を聞かなくなった」と言って納得させるに至った。


 ここに時差や夏至、冬至などの問題が加わればどうやって納得させるのか。ドワイトは苦笑いを崩さないまま懐中時計を鞄にしまう。


「ところで。君にはきちんと教えていなかったね。僕の仕事について」


「ならずもの、やっつけて売りとばしてお金もらうしごと!」


「うん、とても聞こえが悪いね。まあ、半分当たってるけど」


 ドワイトは、自分の仕事について丁寧に説明を始めた。

 特に悪人とは何か、どのような仕事を受けるのか、受けてはならない仕事は何か。何をもって善悪を判断するのか。


 それを間違った場合、ドワイト自身も悪人の仲間入りとなってしまう。

 あくまでも非のない善良な者の依頼のみを受け、復讐の相手は加害者およびその組織だけに絞らなければならない。


「そうだね、例えばレオンくんに助けて欲しい! とお願いしてきた人がいるとする」


「うん」


「その人はレオンくんを騙しているかもしれない。善い人の事をあいつは悪人だ、復讐してくれと言うかもしれない」


「うそつきはならずもの!」


「そうだ。悪人かどうか、本当の事を言っているかどうか、君はちゃんと調べる必要がある。ジェイソンくんがいれば、おおよそ大丈夫と思うけどね」


 ジェイソンは、ドワイトの視線に目を反らす。ジェイソンが「こいつは大丈夫だ」と喋って伝えたら簡単なのだが、ジェイソンは喋ろうとしない。


 ハロルドも会話が出来るはずだが、ジェイソンに気を使ってか、レオンの前では喋らなかった。


「可哀そうだから助ける、というのは駄目だ。正しいのに酷い目に遭っている人だけ助けるんだ。泣いている人がいても、悪者かもしれない。罰を受けて泣いていても、それは悪者だ」


「おー、なるほど」


「可哀想だから正義とは限らない。その辺はこれから僕と一緒に仕事をして、見極められるようになってくれ」


「はーい」


 レオンの呑気な返事に苦笑いをしながら、ドワイトは自分もかつてこうだったと呟く。


「相手が怠惰な愚か者だと、仕事は楽だね。むしろ逃げ回ったり抵抗する下っ端の方が厄介」


「らくだ……たいらならくだはこぶがないらくだ? こぶがないらくだは仕事しないならず者、逃げ回る前に葉っぱ食わせてやっつける」


「うん、全然違うね」


 ジェイソンが肩に乗ったり、銀狐のハロルドがイヤイヤをして休憩したり、突然レオンが空耳でデタラメな歌を歌い始めたり。


 およそ盗賊団の殲滅に向かっているとは思えない一行は、予定通り1時間後に盗賊団のアジトに辿り着いた。


 荒野の崖から延びる小さな洞窟の前には、松明や門が設置されている。木製の塀の上には見張り役がおり、ドワイトが爽やかな笑顔で声を掛けた。


「あのー、すみま……」


「おじさんのひとー! ものぬすむならずものー?」


「レオン、僕が訊くからちょっと待って貰えるかな?」


「えー、おれもやりたい! ひとさらうならずものー? おじさんのひと、あやしいばくはつやったひとー?」


「君のご主人から、僕の言う事をきちんと聞くって言われなかったかい」


「あっ! おれよく聞く! ねえ、ご主人に言わん? おれならずもの?」


 全く緊張感がないせいで、見張りも困惑している。レオンの大きな声に、付近にいた者や中にいた者もぞろぞろと出て来た。


 上半身裸で武器を背負っている者、何かの動物の頭蓋骨を首から下げている者など、どう見ても彼らがまっとうな人族とは思えない。


 おまけに手には銃や曲刀を持ち、ニヤニヤと笑みを浮かべている。だが、レオン達の耳と尻尾に気付き、そのニヤニヤは怯えに変わった。


「狐人族……何しに来た」


「あの黒づくめ、噂の殺し屋……」


 盗賊団の1人が凄みながら近づいてくる。レオンが正直に答えようとするのを遮り、ドワイトが目を瞑って口元だけで笑顔を作った。


「ナヌメアの皆さんの代表として、皆さんを始末しに参りました」


「ああ?」


「ナヌメア? ……ルカジェ達が向かった町か」


「そのルカジェってのが誰かは分からないけれど、うちの優秀な相棒がここだと教えてくれたのでね」


 ドワイトは微笑みを崩さず、数枚の写真を差し出した。


 ドワイトが構えているのは、この世界で最新式のカメラ。撮影してすぐに、写真がフィルムに現像されて出てくるものだ。写っていたのは見るも無残な5人の盗賊だった。


「こ……これ、メリア! スペイドも!」


「どうした!」


 写っている仲間の名を叫んだ男の背後から、別の男が近づいてきた。軽装備の者とは違い、革のブルゾンを着込んでいる。

 その男はもみあげに繋がる顎髭に触れながら、写真を覗き込んだ。


「……成程、うちの子分を可愛がってくれたようだな」


「あはは、お世辞にも可愛いとは言えなかったけれどね。まあほどほどに」


「ちっとも面白かねえよ。この礼はしっかりさせてもらう」


「あーっと、ちょっと待ってくれないかい? 君はここのお頭ってことでいいのかな」


「カシラは奥にいる」


 ドワイトは乾いた笑いを漏らし、男へ笑顔を向ける。


「下っ端に用はないんだ、大した金も持っていないだろうからね。お頭さんの所に案内してくれるかな」


「なんだと?」


 下っ端呼ばわりされた事が気に入らず、男が背負っていた牛刀を引き抜いた。

 それに合わせて、周囲の十数名も剣や棍棒を構える。


「あはは、それでいい。無抵抗な相手を嬲るのは、あまり面白くないからね」


「なぶるっちなに? ねぶると一緒?」


「舐めるんじゃない、痛めつける、懲らしめるって事さ。レオンくん。君は切ったり殴られたりしないように気を付けて。松明で火傷したりも駄目だ」


「どしたらいいん?」


「殺さない程度に痛めつけてやれ。こいつらは大勢を殺し、傷つけた……君のご主人がどんな目に遭ったのか、分かっているよな」

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