始末屋ドワイト-06


 周囲がざわつく中、レオンはすぐに「ご主人を治せ!」と大声を上げた。もちろん、悪党共が治せるはずもない。


 ドワイトはレオンの頭をポンポンと叩いて落ち着かせる。


「こいつらは医者じゃないから治せない。だから、医者に診せて治すためのお金を貰うのさ」


「ご主人、治る?」


「治せるところまではね。そのためにお金が必要だ。どうだい、君は僕に任せてくれるかな」


 この数か月の旅で、レオンは何をするにもお金が必要だと学んだ。

 ティアのお手伝いで金を貰うのではなく、他の誰かから金を貰い、自身とティアの生活を支えなければならないと考えた。


 レオンは周囲の反応を覗う。まだ幼いレオンは、ご主人を治してくれる事こそが重要だと考えている。他の人も当然そうだろうと思い、確認するつもりだった。


 もうあと30分もすれば真っ暗になる時間。そんな通りに女の声が響き渡った。


「ふざけないで! そいつを殺して! 私の夫を返せないなら同じ目に遭わせて!」


 全員の顔が通りの東へと向けられる。泣き腫らした目、それでいて鋭い視線がドワイトに突き刺さった。


「夫が……黒焦げになって死んだ姿を見たばかりなのに! さあその死をお金に変えましょうなんて、よく飄々と言えるわね!」


 愛する者が亡くなったばかりであれば、感情的になるのも無理はない。実際に、補償などの話が出来る程落ち着くのは早くて数日後だろう。


 女の声に同調する声も上がる中、一方で裁きや補償に重きを置く声も上がる。


「そうよ! ここで磔の刑にしてちょうだい! そいつらが苦しみ、慈悲を乞う声を子守唄にするわ!」


「でも裁判を受けさせないのは駄目じゃないのか? 判決の後で身柄を引き渡してはどうだろうか」


「私は失った家族をお金に換えて納得するような、さもしい奴に成り下がるのはごめんだわ! すぐにでも殺すべきよ!」


「それこそ俺達で決められないじゃないか。現実的に考えて、任せた方が良いと思う」


 怪我人、被害者遺族、赤の他人、それぞれがそれぞれの立場で意見する。ジェイソンがレオンの肩に乗り、やんわりとドワイトを牽制した時、ドワイトはボソリと呟いた。


「レオンくん。見ておきな、人族とはこんなにも愚かで利己的な存在なんだ。ああ、利己的というのは自分が得する事しか考えられないって意味」


「ご主人は違うよ、ご主人はおれを助けたもん。おれがご主人っち思った人やもん。だからおれもご主人を助ける」


「……1人の例外もないとは言っていないさ。基本的にはそうだって事。一緒に何かをする、皆で分ける、何を優先するべきかを示し合わせる、彼らはそういう事が苦手なんだ」


 そう言うと、ドワイトは銀狐に乗せた5人の悪党を連れて歩き出そうとする。


「どこ行くん」


「君もおいで、ご主人の所に行こう。人族がどうしようと関係ない、こいつらは僕の獲物だ」


「ご主人治してくれると?」


「治してくれる人にお金を払うんだよ。僕がこの5人を買う代金さ」


 レオンの顔がパァーっと明るくなった。これでとりあえずティアの治療費の心配はなくなった。


 ティアが助かるならそれ以上を望むつもりもなく、悪党がどうなるか、自分が危険な目に遭った事すら、もうすっかり忘れている。


「お、おい、どこに行くんだ!」


「人族の掟など僕には関係ない。僕はこの5人を買うと言った。幾ら欲しいのか、それを言わないのならタダで貰って帰るだけさ」


 住民達が慌てだした。裁きを受けるべきというのは建前で、お金を貰えないと聞けば途端に惜しくなる。


 本音では悪党が苦しみ絶望する姿を見たいものだ。


 夫や子供は殺され損、犯人が極刑になろうと愛する者は戻らない。悪党から賠償金を奪い取るあてもない。


 このような事態において皆が一番納得できる形で終わらせ、なおかつ自分達の責任にもならない。それを叶える事が出来るのはドワイトだけだった。


「お、お願いしたい! みんな、悲しみは分かる! 今なお苦しんでいる者もいる! だけどよ、現実問題俺達が盗賊共から賠償を取れると思うか?」


「そうだ。取れなければ怪我人の治療費は、家族に死なれた奴の生活はどうなる!」


「おまけに、頼めばこいつらが苦しむ方法で始末して貰えるって話じゃないか! 俺もそれが一番いいと思う!」


「……そうよね、どうせ私達が直接手を下す事は出来ないものね」


「盗賊団ってこの5人の他にもいるんでしょ? 逆恨みされて襲われないかしら。潰してくれるならその方がいいかも」


 皆が冷静になり、意見がまとまった。


 結局決まったのは、死者1人につき遺族へ金貨幣300枚、それが11人分。

 怪我人1人につき金貨幣100枚、それが23人分。


 爆破された酒場の店主も亡くなっている事から、その遺族には店への被害として別途金貨幣100枚。


 その他の損害用に、金貨幣100枚を担保する。


 その金は、ドワイトが悪党の巣窟に乗り込んで受け取る。足りなければ臓器を売らせてでも補填させる。


 悪党5人は買い手がつくまで磔の刑。5人共若く、怪我でボロボロの1人はともかく、女はすぐ売れるだろうとの結論に至った。ドワイトは金額には何も言わずに快諾した。


「本当にいいの?」


「し、しかし、そんな金、盗賊共が本当に出すのか?」


「出させるのが僕の仕事ですよ。大丈夫です、手数料はそっちから取りますし。皆さんの手出しは一切ありません」


「あ、あんたがそれでいいなら、俺達は……なあ?」


 住民の意見を聞いたドワイトは、ニッコリと微笑んだ。


「では、商談成立です。今困っているという方には、前金をお渡ししますよ」


 ドワイトの呼びかけで、数人がそれぞれ数枚の金貨幣を受け取った。


 悲劇の現場に突然現れた救世主。まるで義賊。皆はドワイトへそのようなまなざしを向けていた。

 胡散臭さは勿論あるだろう。それでもドワイトに縋るしか、補償を受ける手立てがない。


「それでは、また数日後には必ず」


「ど、どうしてあなたはそこまでして下さるんですか」


 ゼデンとエシャが恐る恐るドワイトへ尋ねる。

 ドワイトはまたニッコリと微笑み、こう告げた。


「怨返しですよ。僕の大切な何もかもを奪ったクズ共を、僕は絶対に許さない。悪党を全員始末すれば、いずれ僕の村を焼いた奴らにも行きつく」


「怨、返し……」


「平易な言葉に言いかえるなら、復讐ですね。この世からクズが減るのは良い事です」


 ドワイトの微笑みに、悪党達はもう何も言わなかった。


「逃げようと考えてもいいよ、考えるだけならね。こちらのジェイソンくんや、うちのハロルドがお前らを探し出すくらい訳ない事さ」


「……」


「でもできれば逃げないで欲しい。怪我でもされて価値が下がると困るから。いや、どうだろう。いっそ臓器だけになった方が価値があるかもね」





 * * * * * * * * *





「ご主人~!」


「レオン、ごめん……ね、心配を掛けちゃって」


「ならずもの、人さらうならずもの売りとばしたひとが始末してくれる!」


「人さ……? あ、あなたは」


「お久しぶりですね、心優しき旅人さん」


 21時、辺りはすっかり暗くなったが、治療院は慌ただしい。酒場の爆発に巻き込まれた者の中で、ティアはまだ意識もはっきりしていてマシな方だった。


 火傷が酷く一刻を争う者もおり、医者と看護師は対応にかかりきりだ。


 白い土壁の病室は、ベッドが4つ並んでいる。どれも爆発の後、軽症で運ばれてきた患者が横になっている。レオンとドワイトが病室に駆け込んだ時、各々が家族や友人と現状や今後の話をしていた。


「ご主人、どこか痛い? 声出しきらん?」


「喉をちょっとだけ火傷してるかもって。完治は……何か月か掛かるかも。腰の骨も元に戻るか……」


「そうなん……うた、歌えんごとなったと?」


「この掠れた声じゃ、無理ね」


「ジェイソン、ご主人の怪我、治せるところまで治しきる?」


 ティアはジェイソンが魔族であり、喋ることを知っている。少々身構えたものの、包帯の下の焼けただれた右足を見せた。喉や骨は本人の治癒力と医者に任せるしかない。


 ジェイソンは暫くじっと見つめた後、6匹に増えてその火傷を舐め始める。1匹は途中から顔に出来た傷を舐め始めた。

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