始末屋ドワイト-05


 ゼデンとエシャが悪党を睨みつける。悪党は人柄の良さそうな初老の夫婦など怖くないとでも言いたいのか、その代わりに唾を飛ばしてきた。


「反省は無い、か」


「しつけのわるいならずものは、許したらいけん。始末せんといけん」


「しつけの……なんだって?」


「ご主人のこと怪我させた。おじちゃんのひとにツバ吐いた。しつけにしっぱいしたやつ、生きていかれん。ならずものやけん始末する」


 そうレオンが宣言するのが早いか否かのタイミングで、ジェイソンが倍倍に増え始めた。


「な、何こいつ! あいつの精霊!?」


「こ、怖くなんかねえ、ただの猫だ!」


「ならずものは、生きとったらいけん。ジェイソン、手伝って」


 レオンの意思と言葉を汲み取り、ジェイソン達が牙をむき出しにして襲い掛かる。4人に対し、ジェイソンの数はざっと数百匹。


 通りを埋め尽くす黒猫に、4人は成す術もなく覆い尽くされていく。既にボロボロの1人は助けに入ることもできない。


「痛い痛い! こ、いたたっ!」


「ちょ、キャーッ! 助けて! やめて!」


「噛ま、か……痛いっ!」


 ジェイソンで覆い尽くされた塊がどんな状態になっているのか全く分からない。時折伸ばされる腕は傷だらけで、無事ではない事だけは確かだ。


 レオンは容赦なく殴打を繰り出す。数か月前よりも成長したレオンは腕も太くなり、もうガリガリではない。ティアにしっかりと育てられたおかげ、よく食べ、よく動いて過ごした結果だ。


 悲鳴は聞こえなくなり、慈悲を乞う声もしなくなった。どこかを殴られる音、ただの呻きとジェイソンがモゾモゾ動く音だけが響く。


「レオンくん、もう止めなさい! あなたを人殺しにはしたくない!」


「君のご主人も、相手がいくら人でなしのクズ野郎だとしても、君が人殺しになる事は望んでいないはずだ!」


 ゼデンとエシャが慌てて止めようとするも、ジェイソンがそれを阻止する。誰かが「お前のご主人が止めろと言っていた!」と叫ぶと、ようやくレオンの殴打が止まった。


「しつけのわるいならずもの、許すと? こいつ悪いことしたけん、ヒトデナシ。人やないけん、おれ人殺しやない」


「ち、違う違う! オレ達にもこいつを懲らしめる権利があるんだ、オレ達に懲らしめるのを譲ってくれないかい」


「けんりっち、何? お店やっていいですよのやつのけんりと一緒?」


「そうだ。君のご主人は人族だ。獣人族の君と、被害に遭った他の人族、みんなも悪党を懲らしめたいのは一緒だろう。人族が懲らしめる分も残してくれないか」


 ゼデンが咄嗟に思いついた理由に、レオンは深く頷いた。


「みんなで仲良くならずものを分けるんやね。分かった。頭の方譲っちゃる、おれ足の方でいい」


「そ、そういう分け方ではなくてね」


「はりつけの柱探してきちゃろうか?」


「は、磔?」


「こいつら括りつけて、巨大鳥に食わすんやろ?」


「えっ……」


 今更ながら獣人族の罪人に対する扱いの酷さを思い知ったのか、皆が慌てて人族の懲らしめ方を教える。


「ろうごくっち、出られんごとする部屋のことやね。あやしいならずものが、ひとを買って閉じ込めるとこ」


「悪人を捕まえた時も、牢獄に入れるんだ」


「え? 閉じ込めたら巨大鳥が食べに来られんけ、退治できんやん」


「えっ」


「ん? しつけのわるいならずものは、退治せないけん」


 獣人族の正義や罪の考え方は極端だ。

 悪者は人ではない。退治=生かしてはならず、それは狐人族にとって巨大鳥に食べさせる事。


 被害に遭った者の代わりに成敗するのはダメだと言っても、レオン自身が巻き込まれているので無意味だ。

 周囲の者達は人族のやり方をどう説明していいのか、しばらく悩み込む。


 そこに、聞き覚えのある声がした。


「君とは縁があるみたいだね、小さき戦士」


「あ、人さらうならずもの、売りとばしたひと」


「……もうちょっと良い呼び方はないのかい? 聞こえが悪いんだけど」


「おれ、耳いいよ?」


「あ、うん、そうじゃないんだけど……まあ、いいか」


 現れたのは、数か月前に出会った狐人族の男だった。

 相変わらず黒いローブに身を包み、銀狐を連れている。ゼデンは悪党の仲間ではないかと疑い、不審そうに声を掛けた。


「あ、あんたは」


「ただの通りすがりだよ。おや、君にはご主人様がいたんじゃなかったのかい」


「こいつらが怪我させた。家燃やして、人いっぱい死んだ」


「へえ、黒煙が気になって寄ってみたら、そんな事になっていたとはね」


 狐人族の男はニヤリと笑みを浮かべ、慌てて口元を隠す。外されたフードの下には狐の耳。

 悪党達5人は青ざめて震えだし、とたんに反省を述べ始めた。


 銀狐を連れた狐耳の男。

 その存在は悪党の中で噂となっており、恐れられていたからだ。


「わ、分かりました! き、きちんと裁きを受けます! だからこれ以上は……」


「今すぐ、投獄で構いません! すみませんでした!」


「あ、あたしは仕方なく協力させられ……ひっ! ご、ごめんなさい!」


 男はレオンを呼び寄せ、両肩に手を置く。


「ジェイソンくんを落ち着かせて、こっちに来させて。悪党には相応しい罰が必要で、傷ついた人達には救いが必要だ。そう思わないかい」


「おもうよ」


「賢い子だ。こいつらが最大限苦しむと同時に、怪我した人達、亡くなった人達、そのご家族や大切な人が救われないとね」


 周囲が行く末を見守る中、男は今度はハッキリと、満面の笑みを浮かべた。


「へえ。人族の間では、自分が助かりたい一心で絞り出す言葉の事を謝罪というのかい」


「そ、それは……その」


「僕達狐人族の間ではね。自らの非を認め、過ちに対して責任を取る覚悟の事を指すんだ」


「お、俺達は許しを請……」


「許されるために何が出来るんだい? 犯した罪をどう償うのかと、どのような罰を受けるのか。他人の命や未来を幾つも奪った代償として何が出来るんだい?」


 男の言葉に、悪党達はもう何も言えなかった。自分達にどのような未来が待っているのか、知っているからだ。


「こ、殺し屋ドワイト……お前がこの近くにいたなんて」


「殺し屋? あはは、嫌だなあ、そんな物騒な通り名は。僕はただの始末屋だよ。さて、君達の親玉はどこかな」


「……」


「助かりたい一心の時はえらく口達者だったのに、流石は悪党。他人の利益になる事は絶対に言わない、か」


 ドワイトは口元だけで笑い、銀狐達に合図を出す。銀狐が5匹に増え、悪党の襟元を咥えた。

 ジェイソンのように増える。つまり銀狐も魔族だ。


「皆さん、僕にこの悪党を売っていただけないでしょうか」


「えっ、売る? 売るって」


「人族の皆さんの掟では、復讐や私刑は許されていないと聞いています。ですが僕は見ての通り狐人族で、人族の掟には従わない。皆さんが望むなら、僕が代わりに始末しますよ。ご希望の方法で」


「始末……」


「斬ってもいい、焼いてもいい。撃ってもいいし埋めてもいい。生きたまま獣に食わせてもいいし、毒を飲ませて死なない程度に苦しみ続ける姿を見せ物にしてもいい。家畜にしたいなら躾けますよ」


 どうせ裁判をすれば、ドワイトに頼らずともこの5人は死ぬことになる。どう甘く裁定しても死刑は免れない。


 だが、この5人から何か補償を引き出せるだろうか。


 親玉は実行犯など見捨てるだろうし、5人の持ち合わせでは慰謝料に到底足りない。被害に遭った者は到底浮かばれない。


「皆さんが納得するだけのものを出せるかは分からない。ただ、僕に任せてくれたらこいつらの始末だけでなく、慰謝料もお支払いできる。別件も勿論請け負うよ。どうかな」

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