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  • 継父が、オートフォーカスでない一眼レフを持っていて、必要な時には貸してもらっていたことを覚えています。現像にお金がかかるので、写真を撮る場面を厳選して撮影していたことを覚えています。

    医学部に進学し、実家を離れましたが、学生結婚をするまでの2年間、クラスの友人たちといろいろなところに遊びに行きました。親しい友人の中に、きれいな女性がいたのですが、彼女の表情の移り変わりの中に、「とても彼女が美しい瞬間」があり、「あぁ、ここにあのカメラがあれば」と思ったことを覚えています。

    今ではデジカメで撮影し放題。不要なものは消去し、必要なものだけを自宅でプリントアウトができるようになり、「時代は変わったなぁ」と思っています。

    作者からの返信

    レンジファインダーですね。友だちが持っていて、軍艦の測距器と同じ原理で焦点を合わせていくものだったようなものをみました。
    あれは難しかったです。

    デジカメは便利でフィルムカメラと遜色ない感じまで発展してますが、カメラ好きの息子はやはりメーカー、機種によって違うとか。いろいろ試してソニーだそうです。
    我々の時代だとミノルタですね

  • 第4話 タバコの記憶への応援コメント

    この30年間で扱いが大きく変わったものの一つが「タバコ」だと思います。私が子供のころは、大人の男性はほとんどがタバコを吸っていて、高校時代の部活の指導をしてくださった先生が「タバコを吸わない」ことを知って大変びっくりしたことを覚えています。

    高校3年生のころからタバコを吸い始めました。亡くなった父が「ハイライト」をよく吸っていたことを覚えていたので、「ハイライト」や「ピース」を選んでいました。「タバコを吸う」と書きましたが、吸い込むことはできず、口の中でふかすような感じです。ただ、それでもタバコの味は分かり、「あぁ、なるほど」と思ったことを覚えています。

    20歳を契機に「禁酒禁煙」となりましたが、「禁煙」の一番の理由は彼女(現妻)が嫌がったこと、二番目に、「お金をかけてまで吸うものではないなぁ。自分には合わないなぁ」と思ったことでした。

    その後の時代の変化を見ると、「タバコを吸わない」ことを選択して、本当に良かったと思います。

    作者からの返信

    酒タバコはみんなフライングしていますね
    タバコは大学合格までガマン…もう時効ですよね

    ハイライトを吸ったら、「うわ、濃い」となって、ジタンは別として、いわゆる女性用タバコを吸って勉学に励んでいました。
    男同士でいるとき、女性タバコ(バージニアスリムなど)を出すのはアレなので(笑)ジタンを吸うのです

    仕事をするようになり、徹夜とかするとタバコは疲労が増す感じでキツくなり、(特に目が煙で疲れるので)私もやめて正解でした

    編集済
  • 私は海外旅行にも35mmフィルムを持って行きました。足りなくなると、現地で調達したくらい。でも現像代が何万円もかかるし、場所を取るし、整理も手間がかかって撮影後も大変でした。

    APS は短い命でしたね。今や35mmフィルムさえ風前の灯。時代の流れはさみしいです。でもその場で撮影が失敗してないかすぐに確認できますし、デジタルになってフィルム代と現像代がかからないのと荷物にならないところは助かります。

    作者からの返信

    ありがとうございます。
    フランスに行くとAGFAかコダックの写ルンですを見たような(笑)

    APSは便利だったんですよ。フィルムとデジタルの両方を合わせもっていた(長所も短所も)
    とってあるカートリッジはどうなるのか…。

  • そうでしたね。デジカメの進化の著しさと同時に田舎町には未だあった、フィルム を現像してくれる写真屋さんが消えていきました。

    作者からの返信

    そうですね。現像をお願いすることもなくなってしまって。年賀状のニーズも減って右肩下がりで。

    家族写真や学校行事を撮影する写真館は何とかやっているようですが、カメラ販売は量販店に押され、厳しいですね

  •  スパイダーマンの実写が日本人だったのは、当時東映とマーヴルが提携していたので許可をもらって特撮番組を作っていたからですね。スパイダーマンがロボットに乗るなどオリジナル展開をやっていましたが向こうでも受けが良く、東映の戦隊シリーズがロボットに乗るきっかけを作ったりと色々面白い逸話があります。

    作者からの返信

    ありがとうございます。スパイダーマンはずっと記憶違いなのか、謎が解けました。
    ありがとうございます!


  • 編集済

    私は60年代から70年代の米国テレビ番組で洗脳され、高校三年生の時にホームステイして、その後、日本の大学へも進学せず、米国へ留学してしまいました。結局、米国人女性と結婚してしまい永住権戻りました。一時期、日本で働いた事もありましたが、妻が米国へ帰りたいと言うので、又米国です。そんな私に取っては、80年代は米国、90年代は日本なのです。特に80年代はMTV世代に属すると思っています。実年齢はそれよりもやや年上ですが。

    テレビ番組については、日本で番組を作成するには、広告費等の問題なのでしょうが、米国よりもかなり制作費に制限があったのだと思います。お陰で、日本のテレビ局が工夫して作り上げた、米国ではリアリティーショーと呼ばれる電波少年や鉄腕ダッシュの様な番組が、今の米国で主流になっています。音楽のアイドル登竜門的な番組も、武軍団がやっていたチャレンジコースを走り抜ける様な番組もありますし、一時期物凄く流行った「料理の達人」的な番組もあります。これは、米国ではケーブル局が数多く乱立し、番組制作費が低くなってしまい、日本のテレビ局を真似る結果になったからです。

    作者からの返信

    ありがとうございます。
    MTV懐かしいですね!
    日本でもチラとしてよく見てました。
    アメリカのドラマは好きだったんですよ。
    たしか、たけし城や料理の鉄人のような番組をやっていると話を聞きました。

    本文にも書きましたが「ケインとアベル」のような硬派なドラマはさすがだと思い衝撃を受けました。
    アメリカの情報ありがとうございます


  • 編集済

    私は田舎で、その頃、都会で話題になっていた教育ママにでも刺激されたのか、物凄く厳しく指導してきた母に育てらました。中学に入ると、好きにさせてくれたのですが、小学校の間は、クラスで習っている内容よりも先へ先へと勉強させられました。その頃、販売が始まったばかりのソニーのカセットテープレコーダーを私に与えてもらいました。こんな物を買い与えて貰った私は大喜びしたのですが、実は、母に毎日学校の後やらされていた、九九を声を出して、10回くらいれんぞくで、躊躇なく唱える事をこのテープレコーダーに録音して聞かせに行く方法に変えられました。教科書も同じ様に音読して録音させられました。その間、母は仕事ができたので、時間の節約のためにこのテープレコーダーを買ったのであり、私に対する課題は増えてしまいました(涙)。

    80年代ではなかったのですが、テープレコーダーの話になると思い出します。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    たしか私は朝が弱く、NHKの基礎英語が始まったら録音して、夜に聞くなんてことをしていたのを思い出しました。

    でも録音が貯まったりして…(笑)

  • 中学校の昼休み時間に音楽が流れていたってびっくりしました。自由な校風だったんですね。私の中学校では掃除時間の始まりだったか終わりだったか、そういう合図に決まっている歌なしの音楽が流されただけでした。放送委員があったのかどうかも覚えてません。あったとしても裁量余地がなくてつまらない仕事だったでしょうね。

    作者からの返信

    そうでしたか。
    中学校の給食の時間は放送委員が司会で先生の好きな曲、という番組でした。
    若い先生はみんなロックやビートルズなどの選曲で趣味が悪いと女子はブーイングでしたね

  • 私もカセットテープの”WALKMAN”を持っていました。高校時代は、ビートルズやS&Gのアルバムをカセットに録音し、高校通学の時の電車の中で聞いていました。電池が数日でなくなるので、ニッカド電池(これも昭和ですね)を購入し、電池代を浮かせていました。

    作者からの返信

    私は妹がカセットのwalkmanで違うのを、でCDwalkmanでした。
    音飛びするんですよね…
    あれは据え付けて、後で車載にしてかなり長く使いました

  • テープレコーダー、懐かしいですね。
    大好きなテレビドラマを必死で録音した覚えがあります。
    CMの足袋に一時停止して、ボタンを押し間違えて頭をかきむしったことを思い出しました。

    作者からの返信

    ありがとうございます。
    ボタンを押す音も入ったりしましたね。

    ベストテンでは久米宏さんの声とイントロが被ったりして(笑)

  • オープンリールのテープレコーダーは、大学生の頃に親に英会話の授業で必要だと言って買ってもらいました。
    もちろんそんなのは口実で、ラジオから落語を録音して英会話は無し。
    テープも友人から法政大学の生協で買ってきてもらったり、そんなことには一生懸命な毎日でした。

    結婚してからはカセットに変わり、この後紹介されるかもしれませんが、MDで好きな音楽を楽しんだりしました。
    ステレオにもこだわり、レコードも沢山ありましたが、引っ越しの時に思い切って全部処分しました。
    今それらがあったら・・とちょっぴり後悔しています。

    作者からの返信

    オープンリールを持っていたとは、お金持ちな……
    カセットの次はMDですね。あとで書きたいと思います。

  • カセットテープ、ガキの時は親からレコードを録音するのを頼まれたり。色々とお手軽に録音出来ました。

    >オープンリールのテープ~「スパイ大作戦」
    あれで「組織からのメッセージは爆発する」テンプレが出来上がってましたww

    >レコードは現在もまだ根強いファンがいて
    何でも人間に聴き取れない周波数の音まで扱えるので音に深みが出るようで?私のようにUSBに録音すると意味ないかww

    作者からの返信

    レコードをウォークマンで聞きたいときにダビングしたんですよね。たしかにレコードは様々な周波数での音を記録できますね。ただパソコンは圧縮するため人に聞き取れない周波数をカットする仕様ですから、意味ないと思うw

  • 第1話 レコードの記録への応援コメント

    「注目」に馴染みのお名前を見つけてお邪魔しました。

    レコード懐かしいです。
    最初に手にしたのは学習雑誌についていたサンサーンスの「白鳥」でした。
    (覚えているものですね)

    学校では放送係だったのですね。
    学校の放送の思い出は、昼に延々とビートルズがかかっていたこと。
    今でもイエローサブマリンを聞くとお腹がすきます。

    作者からの返信

    ずっと移動していて返信おくれて済みませんでした。コメントありがとうございます。

    私は放送委員の時には、ポール・モーリア・オーケストラが多かったような?
    「渚のアデリーヌ」や「オリーブの首飾り」

    手品をしたくなりそうですね


  • 編集済

    第1話 レコードの記録への応援コメント

    時代を感じます。僕の時は、小学4年生くらいの時に、CDがポツポツで始めた世代です。でっかな、CDみたいなやつでカラオケ、親戚が持ってました。

    作者からの返信

    ありがとうございます。私より5歳以上若いかも?

  • 第1話 レコードの記録への応援コメント

    家には家具調のステレオがありました。
    観音開きになっていて豪華でした。(今レトロブームで人気があるそうですが)
    いつもそれでクラシックやジャズ、ポピュラー、歌謡曲など色々聴いて楽しんでいました。
    ソノシートなどは手軽に聞く為に、レコードプレーヤーで聴きました。
    ドーナツ盤などという言葉も懐かしいです。
    「岸壁の母」懐かしですね。涙ぐんできいてたこともありました。

    作者からの返信

    おお!なかなかリッチなお家庭のような…
    わが家は小さなプレーヤーで家具調は憧れでした


  • 編集済

    第1話 レコードの記録への応援コメント

    失礼します。
    先日にて家に残っているクラシックなレコードを聞きたくなったので今更購入。毎回針の置くのにビビリまくりですww
    放送委員もやりましたが私ン時はBGMはカセットテープでした。CDが出始めたのはその一年後ぐらいだったかと。今や音楽聞くのにCDすら要らないからなぁ。

    作者からの返信

    ありがとうございます。カセットテープやCDは次に書こうと思います

  • 第1話 レコードの記録への応援コメント

    晁衡さんは小学校の時放送委員をされていたのですね。私も同じ経験をしたので懐かしいです。今後の連載も楽しみにしております。

    作者からの返信

    ありがとうございます!
    書いているうちに思い出したのです。
    放送室は校長室の隣にありました。ただし放送室と校長室の間にレコード保管の部屋がありクラシック曲がたくさんあって、給食の時間に流す曲を選ぶのが仕事でした。