第39話 ヒューム
グレートウルフの上位種との激闘後――
王都へ戻る道すがら、森のざわめきがようやく遠のいていった。
陽が落ちかけ、空がゆるやかに金色へと染まり始めていた。
「……なぁハルオ」
クレインが荷を背負い直しながら口を開く。
「今さらだけどさ、お前……ほんとにヒュームか?
もしかしてデモニアじゃないよな?」
「ヒューム? デモニア? なんの話だ? 俺はただの人だぞ」
クレインは半信半疑の表情でハルオを見上げた。
「いや、それは見ればわかる……。でも、あの魔力量。
ヒュームであんな制御できる奴、聖騎士団でもいるかどうか。
デモニアじゃないとしたら、エルフぐらいしか……」
「エルフ! エルフがいるのか? ところでヒュームとかデモニアってなんだ?」
クレインは足を止めて、呆れたように振り返った。
「……お前、マジで言ってんのか? 一般常識だろ?」
ハルオは首をかしげる。
「聞いた覚えがない。……というか、知らない」
クレインは額を押さえ、深くため息をつく。
「いいか、ヒュームってのは俺たち人間。平均的で、魔力も並み。
デモニアは魔力に堕ちた連中で、桁違いの魔力量を持つ。
で、エルフは――」
「自然と調和する一族、だろ?」
「まぁ、そんな感じだ。精霊と会話ができるって話もある。」
ハルオは腕を組み、夕日を仰ぐ。
「なるほど……精霊か」
「……もしかして!お前の力の理由は精霊なのか?」
クレインの言葉に、ハルオは苦く笑う。
「いや、違う。あれは理屈だ。大気の流れと魔力の分布を重ねて制御してる。全部、計算してるんだ。」
「お前、それをいとも簡単に言うけど?」
「まぁ、慣れみたいなもんだ。」
クレインは苦笑して肩をすくめた。
「やっぱ変人だわ。」
「褒め言葉だな。」
二人は笑い合いながら歩き出した。
森を抜ける風が、さっきまでの死闘を嘘のように静めていく。
やがて、遠くに王都の外壁が見えてきた。
クレインが安堵の息をつく。
「ようやく戻ってきたな。報告して、飯だ。」
「……報告、面倒そうだな。グレートウルフ上位種の話、信じてもらえるか?」
「さぁな。でも証拠はあるだろ? その蒼い毛束。」
ハルオは無言で頷き、腰の袋を叩いた。
袋の中――グレートウルフの毛は、淡く光を放ちながら鼓動のように脈を打っていた。
一瞬、胸の奥で風が揺れた気がした。
気のせいだと自分に言い聞かせ、歩みを速める。
――王都の門が見えた。
門の前には、学園の紋章を掲げた馬車が停まっていた。
二人が近づくと、制服姿の見覚えある人物が降りてくる。
「……ティナ先輩?」
ハルオが目を細めると、ティナは腕を組んで仁王立ちしていた。
背後には、学園の使者らしき職員が二人。
「まったく、やっと見つけた!」
ティナの声は鋭く、だがどこか安堵が混じっていた。
「昼から学園中が大騒ぎなのよ。王都の魔力探知陣が暴走して、南方で“異常な魔力爆発”――。しかも、あんたたちが森に行ったって聞いて」
クレインが苦笑してハルオの肩を叩く。
「ほら見ろ、言わんこっちゃない。」
「……そんなに派手にやったか?」
「派手どころじゃない!」ティナが眉をひそめる。
「森の観測石が全部停止したの。いま“禁域”扱いになってるのよ!」
ハルオは少し考えるように視線を落とした。
(……あの真空結界の余波か。それとも……)
「それに――」ティナが一歩、ハルオに近づく。
「あなた、何か“持ち帰って”ない?」
ハルオの心臓が跳ねる。
「……なんでわかる?」
「感じるのよ。あんたの魔力とは違う“何か”が、微かに揺れてる。」
その言葉に、クレインが思わず息を呑む。
「まさかグレートウルフ上位種の……!」
ティナの瞳が鋭く光った。
「グレートウルフ上位種? 倒したの?」
「……戦った。けど倒したわけじゃない。むしろ命拾いした」
ハルオは静かに袋を開いた。
中から、淡く蒼く輝く毛束が浮かび上がる。
風が吹いていないのに、毛先が微かに揺れた。
ティナの表情が一変する。
「……これ、本物? 違う、グレートウルフの毛は灰色よ。
それに魔力が異質――これは上位種のなかでももっと上位」
ハルオとクレインが同時に息を呑む。
「上位のさらに上……? どういう意味だ?」
「たしかにグレートウルフは“D級魔獣”。でもこれは、その格じゃない。
魔力の密度が異常すぎる……」
「どういうこと?」
ティナは咳払いして取り繕う。
「と、とにかく! 詳しい話は学園に戻ってからにしましょう。」
ティナの声が沈む。
王都の夕陽がゆっくりと沈み、三人の影が長く伸びていく。
――グレートウルフの毛束は、ハルオの腰の袋の中で微かに光を灯したまま、静かに鼓動していた。
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