第34話 魔法の指輪
露店で売られている串焼きを一本買い、歩きながら一口かじる。
スパイスの香りが鼻をくすぐり、思わず笑みがこぼれた。
(やっぱり、どこの世界でも露店の串焼きはうまいな)
やがて、通りの一角で人だかりができているのが目に入った。
中心には年配の魔導士らしき男が立ち、青く輝く光球を宙に浮かべている。
「これぞ〈風見の魔球〉! 風の流れを読む旅人の友だ!」
男の声に、観光客らしき人々が歓声を上げる。
ハルオも思わず足を止めた。
魔球はゆらゆらと風に揺れ、まるで生きているかのようだ。
(……すげぇ。)
その時、背後から声がした。
「初めて見る顔ね。学園の新入生?」
振り向くと、赤髪をツインテールにした少女が立っていた。
年はハルオと同じくらいで、腰には小さな杖がぶら下がっている。
「え、あ、はい。昨日入学したばかりで……」
「やっぱり。その顔、見慣れないと思ったの」
少女はにっと笑い、手を差し出す。
「私はリリィ・フォーン。初等課程の二期生。よろしくね」
「ハルオです。えっと、よろしく」
握手した瞬間、手のひらに微かな魔力の感触が伝わった。
「ふふ、あなた……魔力量、すごいね」
「え?」
「手を握っただけでわかるの。あたし、感知系の魔法が得意だから。
でも――ちょっと危なっかしい波が混ざってる」
その言葉に、ハルオの心臓がわずかに跳ねた。
リリィは軽く肩をすくめる。
「まぁ気にしないで。強い魔力を持つ人って最初はそんなもん。
それより、案内してあげるよ。王都の観光ならあたしに任せて!」
「え、でも悪いよ」
「いいのいいの。行きましょ♪」
リリィは強引にハルオの手を取り、笑顔で歩き出した。
(これは……アリシア副会長の差し金か? いや、まさか)
ハルオは苦笑しながら、引かれるままについていった。
――
王都の大通りには色とりどりの旗が翻り、商人たちの威勢のいい声が響いていた。
「ここが“風見通り”。王都で一番にぎわう場所よ」
「すごい……本当に活気があるんだな」
リリィが指さした先では、少年が水晶玉の中に花を咲かせて見せていた。
「“瞬花(しゅんか)”っていう魔法。儚いけど綺麗なのよ」
ハルオは思わず見とれる。
小さな球体の中で、青い花が一瞬の光を放って開き、やがて霧のように消えていった。
「魔法って、こういう使い方もあるんだな」
「そうよ。料理、医療、装飾……魔法は生活の一部。
でも学園じゃ“実用魔法”は軽く見られてるの。貴族は庶民の技術だって言ってね」
(なるほど……自由と実力主義の学院でも、身分の差は残ってるのか)
「でもね、あたしは思うの。魔法って誰のものでもあるって」
リリィの瞳がまっすぐに光る。
「だから学園に入ったの。あいつらの鼻を明かすために」
「……すごいな」
「でしょ? 夢だけは誰にも負けないんだ」
二人は笑い合いながら歩いた。
――
昼を過ぎ、鐘の音が響く。
街の中央広場では〈魔具市〉が開かれていた。
「ここが“魔具市”。王都の誇りよ!」
リリィが目を輝かせる。
「毎月三日間だけ開かれる限定市。」
ハルオは興味津々で見回した。
空に浮かぶ杖、自動記録する羽ペン、魔石を埋め込んだ指輪――。
どれも未知の理屈で、それでも確かに機能している。
「……すごい。でも、どれも高そうだな」
「見るだけならタダよ」
リリィが笑いながらひとつの店に近づいたその瞬間――
「きゃあっ! 従魔が暴走した!」
通りの反対側から鋭い悲鳴。
見ると、首輪をはめた巨大なグリーンエイプ(森猿)が従魔の鎖を引きちぎり、屋台をなぎ倒していた。
「危ない、下がって!」
リリィが杖を構え、詠唱する。
「《炎鎖(えんさ)》!」
炎の鎖が放たれ、グリーンエイプの足を絡め取るが、暴れる力に耐えきれず弾け飛ぶ。
「くっ、ダメ……抑えきれない!」
その瞳が赤く光った瞬間、ハルオは異様な波動を感じ取った。
(……操られてる? )
次の瞬間、グリーンエイプが近くの母子に飛びかかる。
考えるより先に、体が動いた。
ハルオは魔法袋から短剣を抜き、地を蹴る。
石畳が砕け、空気が裂けた。
「――っ!」
刹那、青白い光が閃く。
ハルオは低く潜り込み、グリーンエイプの喉元へ一閃。
甲高い金属音とともに首輪の魔石が砕け、赤黒い光が弾け散る。
グリーンエイプの周りに纏っていた魔力が霧のように消え、獣の巨体が地面に崩れ落ちた。
静寂。
「……止まった、のか」
ハルオが息を吐く。
リリィが駆け寄り、杖をかざして確認する。
「……完全に止まってるわ。
でも、どうやって?」
「わからない。ただ――“切る場所”が見えたんだ」
ハルオはまだ息を整えながら呟いた。
ほんの一瞬、グリーンエイプの体の中を流れる魔力の“線”が見えた気がした。
それを断てば止まる。理由も理屈もわからない。ただ、確信だけがあった。
「……あなた、やっぱりただの新入生じゃないわね」
リリィが小さく呟く。
師
その直後、蒼白な顔をした従魔師が駆け寄ってきた。
「す、すみません! 本当に申し訳ない! こいつ、勝手に鎖を……!」
男は平謝りしながら、ぐったりしたグリーンエイプを魔法の台車に乗せて去っていく。
通りには安堵の空気が広がり、人々が口々にハルオを称えた。
「兄ちゃんすげぇな!」「さすが学園生だな」
ハルオはほっと息をつき、短剣を魔法の袋へしまい込む。
その様子を見たリリィが目を丸くした。
「……あれ、魔法の袋? 珍しいわね」
「やっぱりおかしいのか?」
「別にいいんじゃない、空間魔法は覚えるのが難しいから、収納魔法が使えるよう になるのはずっと後になるし。私だってまだ使えない。ただ‥‥」
「ただ‥‥?」
「ふふ、知らないのね。空間魔法を付与した“収納袋”は旧式なの。
今どきの学園生は――」
リリィは得意げに指を掲げた。
そこには小さく光を放つ銀の指輪。
「これ!収納魔法を付与した“魔法の指輪”が主流よ。
指先ひとつで出し入れできるの。袋を腰につけるなんて、ちょっとダサいでしょ?」
「う……ぐ……」
ハルオは何も言えず、気まずく笑う。
リリィはくすっと笑い、指輪を光らせる。
すると、そこから一冊の本がふわりと現れた。
『実用魔法初級編』――表紙にはそう記されている。
「これ、貸してあげる。あなた、見どころあるわ」
「えっ、いいのか?」
「うん。どうせもう読んでないし。……それに、さっきの動き、ただの新入生にはできない」
ハルオは本を受け取り、静かに頷いた。
ページを開くと、柔らかな魔力の香りが漂う。
(この世界の“学び”は、戦うためだけじゃないんだ)
そんなことを思いながら、ハルオはリリィに頭を下げた。
「ありがとう、リリィ。大事に読むよ」
「いいってば。――でも次は私が驚かせる番だからね?」
リリィがいたずらっぽく笑う。
その笑顔に、ハルオはつられて笑みを返した。
王都の空は、いつのまにか夕暮れ色に染まりはじめていた。
風に舞う光の粒が、二人の間を静かに通り抜けていった。
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