第13話 魔法の袋

依頼を終えて金を稼いだあと、ハルオはギルド併設の食堂で夕食をとっていた。


腹が満たされ、心にも少し温かさが灯る。

窓の外では夜の帳が降りはじめ、街灯の光がゆらゆらと揺れていた。


食堂を出る頃には、他の冒険者たちは酒を片手に笑い合っている。

ハルオは軽く手を上げて挨拶し、静かな廊下を歩いた。


泊まるのはギルド宿舎。

一泊銀貨1枚――破格の安さだ。

しばらくはここを拠点にするつもりだった。


部屋に入り、粗末ながらも清潔なベッドに腰を下ろす。

体の芯にはまだ戦いの余韻が残っている。

魔力が静かに脈打ち、体の奥がほんのりと温かい。


(明日は報告書の提出か……)

(それが終わったら、次の依頼を探そう。……ゴブリンの大規模討伐、俺にはまだ関係ないだろう)


そう思いながら横になると、まぶたがゆっくりと重くなっていった。


──その夜。


遠くの森の方角で、鈍い光が一瞬だけきらめいた。

まるで、何かが“目覚めた”かのように。


そして翌朝。


ギルドの掲示板には、新たな紙が貼られていた。


【ゴブリン目撃増加につき注意!】


(……やっぱり増えてるのか)

ハルオは張り紙を見上げ、小さく息を吐いた。

(今日は森に行くのはやめよう。報告書を出したら、街を見て回るか)


受付カウンターに向かうと、昨日の金髪の受付嬢がちょうど朝の書類を整理していた。

彼女はハルオの姿を見ると、柔らかく微笑んで声をかけた。


「おはようございます、ハルオさん。報告書の件ですね?」


「はい。書き方を教わりにきました。」


彼女に書き方を教えてもらい、報告書を仕上げる。

「拝見しますね。」

彼女は丁寧に目を通し、満足げにうなずいた。

そして引き出しから小袋を取り出す。


「はい、こちらが調査報酬の銀貨5枚です。お疲れさまでした。」


「ありがとうございます。」


銀貨を受け取ると、彼女がふと尋ねてきた。

「今日も依頼を受けるのですか?」


「いえ、今日は装備を見に露店を回ってみようかと。」


「いいですね。今の時期は鍛冶屋や防具屋の露店も多いですよ。

 森の魔物が活発になってきたせいで、冒険者向けの装備が値下がりしているんです。」


「値下がり……それは助かります。」

ハルオは苦笑した。

手持ちの銀貨は十数枚。贅沢はできないが、最低限の装備なら揃えられそうだった。


受付嬢は少し真面目な表情になり、言葉を添えた。

「武器も大事ですが、防具も忘れずに。軽いものでいいので、身を守る装備を。」


「わかりました。ありがとうございます。」


ギルドを出ると、朝の街はすでに活気づいていた。

ハルオは露店通りへと足を向ける。

昨日までは素通りしていた通りも、今日は違って見えた。


(さて、まずは何をそろえるべきか……武器か、防具か)


そんなことを考えていると、通りの一角から声が飛んできた。


「お兄さん、いらっしゃい! 新米冒険者かい? 顔にそう書いてあるよ!」


陽気な声の主は、革のエプロンをつけた中年の男。

露店の台には短剣やナイフ、革鎧、金属製の小手が所狭しと並んでいる。


「まあ、そんなところです。装備を見に来たんですが……」


男はハルオの服装を眺め、鼻で笑った。

「その格好じゃ森に入ったら一日もたないな。

 布服と革のサンダルでゴブリンとやり合う気か?」


「……耳が痛いですね。」


「はっはっは、冗談じゃない。本当の話さ。

 だがタイミングはいい。昨日から討伐依頼が増えて、在庫も動いてる。」


男は台の下から革鎧を取り出した。

「見てみな。軽くて丈夫、魔獣の皮をなめした上物だ。

 新品じゃないが、手入れは完璧。銀貨六枚でどうだ?」


ハルオは革鎧を手に取り、腕を通してみた。

見た目より軽く、肩の動きも悪くない。


「……思ったより動きやすいですね。」


「だろ? スピード重視のタイプにはぴったりだ。

 ゴブリンの刃ぐらいなら貫通しない。」


「六枚か……悪くはないが。」

(昨日のゴブリンの打撃も防げたし怪我もしていない・・・それより攻撃力を上げたほうがいい気がするな)


迷っているとハルオの顔を見て店主がさらに声をかけた。


「剣も見ていくか? このあたりの森なら、安物はすぐ刃が欠けるぞ。」


ハルオはうなずき、並んだ武器を見比べる。

細身の短剣、短いナイフ、手になじむ木製の柄――どれも悪くない。


「これは……?」


「“ロングソード”。長いから少し扱いは難しいが切れ味は保証する。

 冒険者定番の武器だな。銀貨十枚。」


ハルオは腰の古いナイフを見下ろした。

ゴブリンから奪ったもので、すでに刃こぼれしている。


「……このナイフより大きくてその剣よりもう少し短い奴とかないか?」


「それならこれだ。」

店主は棚の奥から一本の剣を取り出した。


刃は陽光を受けて鈍く光り、根元に刻まれた紋様が微かに輝く。


「《アイアンショート》。量産品だが扱いやすくて丈夫。

 片手でも軽く振れる。銀貨七枚だ。」


「七枚か……」

ハルオは計算した。

(全部買えば残り五枚……)


(今のうちに装備は整えたいが貯えもいるし……)


「……短剣だけもらおう。」


「まいどあり! 鞘はどうする?銀貨一枚でつけとく。」


「お願いします。」


店主はにやりと笑い、短剣を鞘に納めて渡した。


「ところで、“魔法の袋”はいらないか?」


「魔法の袋?」


「ああ。どんな荷物でも小さくして入れられる優れモノさ。

 重さも感じず、食料でも武器でもスッと収まる。」


「……空間収納か?」


「おっ、知ってるのか。そうそう、偉大な魔法使いが付与した袋だ。

 今じゃ冒険者の必需品だ。」


(おいおい……マジか。空間収納が本当にあるのか……てかなんでギルドや講師のヴァイスはこんな大事なこと教えてくれないんだ)


ハルオは息をのんだ。

それはまさに、物語の中の“チート道具”だった。


「ちなみに値段は?」


「特別価格で銀貨五十枚!」


「……高っ!」


「はっはっは、当然だ。一度買えば一生モノだぞ。」


(確かに魅力的だが……今は無理だな)


「また今度にします。」


「いい判断だ。無理せず、地道に稼ぐことだな。」


「ところでこのナイフ、修理できますか?」


「ちょっと見せてみろ……なるほど、刃こぼれしてるな。銀貨一枚で直せるぞ。」


「お願いします。」


「任せな。」


店主はカウンターの奥から砥石を取り出し、ナイフを手に取った。

シュッ、シュッ、と研ぎ石の音が響く。

刃の欠けた部分が少しずつ整っていくのを見ながら、ハルオはその手さばきに見入っていた。


(こうして見ると、道具一つにも職人の技があるんだな……)


研ぎ上がったナイフは、まるで新品のように光を取り戻していた。


「ほら、できた。これでゴブリンくらいならスパッといける。」


「助かります。ありがとうございます。」


ハルオは丁寧に頭を下げ、修理済みのナイフを受け取った。

刃が陽光を弾き、わずかに青く光る。


(……よし、これで次の依頼にも挑めそうだ)


新しい短剣と磨かれたナイフ。

手の中の重みが、これからの“冒険者としての一歩”を確かに感じさせた。


ハルオは短剣と修理されたナイフを腰に収め、革のベルトを締め直した。

手を動かすたび、金属の小さな音が鳴る。その響きが心地よかった。


(ようやく“装備を整えた”って感じだな)


昨日までは見知らぬ世界に放り出されたただの人間だった。

けれど今は、こうして自分の足で稼ぎ、武器を持ち、明日を考えている。

――少しずつ、この世界に「生きている」実感が湧いてきていた。


「また来な。次は防具も買ってくれよ!」

店主が笑いながら手を振る。


ハルオも軽く会釈を返し、露店通りを歩き出した。


通りには焼き立てのパンの香りが漂い、行商人たちの声が飛び交っている。

道の向こうでは、子どもが木の剣を振り回し、冒険者の真似をして遊んでいた。

そんな光景を眺めながら、ハルオの口元に自然と笑みがこぼれる。


(明日はまた依頼を受けるとして……今日は少し街を見ておこう)


手持ちの銀貨は、残り十一枚。

宿代と食費を考えれば、そう余裕はない。だが、せっかく稼いだ一日を“過ごす”くらいはいいだろう。


「よぉ、ハルオ」

後ろから声がかかる、振り向くと初日にハルオを助けてくれた冒険者のロクスがいた。

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