第48話
「……え」
舞川の漏らした声が、やけに耳についた。
僕の問いかけに校長は答える。
「ギャルという言葉が何を指しているのかにもよりますが、世間一般で言うところの見た目という意味で言うのなら、綿鍵さんの言う通りです」
校長はゆっくりと話を続けた。彼はこの話が舞川にどれほどの衝撃を与えるのか重々承知しているのだろう。それでも僕の覚悟を買って、話してくれているのだ。
「舞川さんのお母さまは、みんなのお手本になるような生徒でした。品行方正で礼儀正しく、校則もしっかりと守っていた。この桐坂高校も、今でこそだいぶ寛容になりましたが、当時は校則がかなり厳しくてね。装飾品は一切身に着けてはいけませんでしたし、髪を染めるのも禁じられていました」
ギャルの格好など到底許されなかったということだ。
「なので、ミスコンが始まる前の彼女の格好を見て、とても驚きました。確かにミスコン出場者には制服以外の服を着用することが認められていましたが、よりにもよってどうしてギャルの格好なのか、と」
校長は夏休み前に僕らと話をしたとき、「文化祭のミスコンで素晴らしい演舞をしたお母さまの姿を思い出しました。初めて目にしたときは驚きましたが」と言っていた。あのときの言葉は、今思えば舞川母がミスコンのときだけギャルの姿をしていたことからきていたのだ。
それに、舞川から借りたDVDを観ていて気になった、観客たちの反応。舞川母のときだけ拍手の音が疎らだったのは、観客たちが彼女の格好に戸惑いや驚きを覚えたからだったのだ。マイクに入っていた「え、嘘」という声も、やはりそれらの感情を表現していた。
校長の話は続いた。
「当時はギャルという在り方に対する理解もあまり進んでおらず、彼女たちを反社会的な目で見る人も多かったので、私は彼女に今すぐ着替えてくるようにと注意しました。けれど、彼女は首を横に振るばかり。理由を訊いても答えてくれません。これは仕方がないと、私は文化祭だからと特別に許可を出すことにしました。教師の言うことを聞かず、文化祭でコスプレをしている男子生徒もいましたからね、彼らと同列に考えることにしたのです。もちろん他の先生方は私が説得しました。説得には苦労しましたが」
普段大人しい格好をしていた舞川母が、ミスコンでギャルの格好をした。
ここに来る前に月野に最後に問うた「ちょっと想定外のこと」に対する答えが、それだった。
なぜ舞川母はミスコンのときだけギャルになったのか。
その答えのヒントは、屋上での粥波の発言にあった。
――その女はあたしを侮辱した!
その女とは舞川母のことだ。
舞川母が粥波を侮辱した。
確かに月野の言うように、支離滅裂な発言に思えなくもない。けれど、もしそうじゃなかったとしたら? 彼女が真面目にこの言葉を口にしていたとしたら、それは何を意味するのか。
粥波は、ギャルの格好をした舞川母を見て、自分が侮辱されたと思ったのではないか。
校長が言っていたように、当時はギャルに対する偏見があった。ギャルは反社会的でイメージも悪い。舞川母はそんなギャルの格好をしてミスコンに出場した。しかも粥波を抑えて優勝した。粥波が侮辱されたと感じてもおかしくない。
僕は質問に答えてくれた校長に礼を言い、舞川とともに校長室を出た。
校門に着くまで、舞川は一言も言葉を発しなかった。
――ギャルであることはウチにとって何よりも大切なことやから。
初めて舞川と話をしたとき、彼女はそう言っていた。
のちに、当時高校生だった母親がギャルだったから、彼女もギャルの格好をしていると彼女の口から聞いた。
けれど、舞川の母親はギャルでも何でもなかったのだ。彼女がギャルの格好をしたのは、ミスコンのときだけだった。
母親がギャルだったと信じてこれまでを生きてきた舞川にとって、母親がギャルではなかったと知らされることは、この上ない衝撃だったに違いない。
それこそアイデンティティが壊れてしまうような……。
別れ際、心配になった僕は彼女に尋ねた。
「ミスコン、出るんだよな?」
「……どうしよか、ちょっと考えるわ」
俯き答える彼女に、僕はそれ以上何も言えなかった。
次の日から、舞川は学校に来なくなった。
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