ギャルの意味
第47話
店から学校までどのようにして辿り着いたのか、記憶があやふやだ。
気づいたときには僕は学校の正門にいて、舞川に話しかけられていた。
「――綿鍵くん! ようやく気づいてくれた! どうしたんや、ぼーっとして」
「舞川さん……」
始業式は午前中で終わる。部活に入っていない舞川は、とっくに帰宅しているはずの時間だ。
疑問に思いつつも、僕は彼女から目を逸らした。今はどうしても彼女の目をまともに見られなかった。
「ウチ、信じとったで、綿鍵くんが来てくれるって」
僕は驚いた。舞川は僕が今日来ると信じて、始業式が終わった後、ここでずっと待っていたのだ。
「ウチもな、夏休みに色々と調べてみてんけど、粥波さんがどうして死んでしもうたんか、全然分からへんかってん。綿鍵くん、ほんまにすまん! 無理させてもうて。ウチが役に立たへんかったから、その分苦労かけてもうた! 始業式休んでたんも、ぎりぎりまで調べてくれてたからやろ?」
なんで……なんでこの子は……。
「もうええ! もうええよ! ミスコンは開催できんでも、お母さんの母校に通っとるってだけで、ウチは十分にお母さんを感じられる。気持ちを整理して、新しいお母さんの結婚式、ちゃんと心からお祝いしてみせる。やから、やからな、もうええよ! ほんま、ほんまにありがとうなぁ」
舞川は大粒の涙を流していた。
彼女の言葉は温かみに溢れていた。
事件について一緒に調べると約束しながら、連絡を一度もしなかった僕に、どうしてこれほど優しくできるのか。僕が一週間連絡のなかった海名に疑念を抱いたように、彼女もまた僕を疑わなかったのだろうか。僕は一週間どころではなく、一か月以上も舞川に連絡しなかったのに。
「なんで……」
一度は訊こうと思ったが、やめた。訊くことで彼女の行為が汚れてしまうような気がしたから。
僕は深呼吸をして、彼女の目を見る。
「真相は分かった。今から校長に話しにいくところだ。一緒に来てくれないか」
舞川は目を大きく見開いて、
「もちろんや!」
と、元気よく言った。
僕らが校長室を訪ねると、「いらっしゃい」と校長が出迎えてくれた。
「待っていましたよ」
校長は柔和な笑みを浮かべていた。
その笑みに背中を押されるようにして、僕は粥波の死の真相を語った。
話を聞いた校長は「……そうだったのですね」と神妙な面持ちで言うと、
「ありがとうございました。これで粥波さんを心から弔ってあげられます」
「粥波さんの墓前に毎日花を置いていたのは、やはり校長先生だったんですね?」
僕の言葉に校長は「花ですか?」と首をかしげ、
「私はそのようなことはしていませんが」
と言った。
校長ではない? だったら誰が花を供えていたんだ……。
――当時の彼女のクラスメイト、ということも考えられるんじゃない?
海名のその言葉を思い出す。
クラスメイト……仲のいい友達。だが、粥波はそのわがままさから、学校で仲のいい友達はいなかったように、七柴は言っていた。
「彼女の墓前に花を供えている人物に心当たりはありませんか? 当時の彼女のクラスメイトが毎日学校に来ているとか?」
「そういう話は聞きませんね」
卒業生とは言え、校内に入るには許可がいるはずだ。もしそういった人物がいれば、当時教鞭を執っていた校長の耳にも入るはず。それがないということは、花を供えている生徒は一体どうやって校内に……。
そうか、そういうことか。
「すみません、少し携帯で調べ物をさせてもらってもいいですか?」
校長が頷くのを確認し、僕はある単語をスマホで調べた。
――ビンゴだ。
「何を調べてるん?」
隣に座る舞川が訊いてくる。
僕は検索した画面を見せながら言う。
「カモミールだ」
「カモミール? なんで?」
「その供えられている花っていうのが、カモミールだったんだ」
僕らの話を聞いていた校長が「ほう。そういうことですか」と頷く。どうやら校長は花を供えていた人物が誰か分かったらしい。
「え、何なん? 分かってないのウチだけ?」
「ここを読んでみてくれ」
スマホを片手に、カモミールの説明が載っているところを指差す。
「えーっと、カモミールの花言葉は、仲直り、親交――」
「ストップ。読むのはそこまでで十分だ」
「ん? カモミールの花言葉が関係してるん?」
「ああ。仲直りや親交を思って、その人物は墓前にカモミールを供えたんだ」
「仲直り、親交……分かった! 月野さんや!」
「ああ。おそらくな」
僕は頷く。
月野は粥波と幼馴染だった。僕の前では粥波への未練など微塵も感じさせない振る舞いだったが、屋上から飛び降りようとしている彼女を助けようと近づいたり、彼女の告白に中学の頃から辛抱強く付き合っていたりなど、よく考えると彼女のためを思う行動もしていた。本人は否定するだろうが、彼女に対する好意が全くなかったとは思えない。
仲直り、親交――これは想像でしかないが、粥波を亡くし、月野は大きな喪失感を味わったのではないだろうか。彼女の告白を断り続けたことに、罪悪感を覚えるようなこともあったのかもしれない。彼は彼女に対する贖罪として、今も彼女の墓前に花を供えているのではないか。カモミールを選んだのは、せめてもの彼の意思表示といったところか。
それに月野なら、誰にも気づかれずに毎日花を供えることもできるだろう。何せ桐坂小学校の侵入ルートを僕に教えたくらいだ。この桐坂高校についても侵入ルートを把握しているだろう。夜であれば中庭に行っても誰にも見つからないだろうし。
「本当にありがとう。約束通り、今年の文化祭でミスコンを開催します。準備などはすべて私のほうで手配して行います。当日を楽しみにしていてください」
さて、どうするか。
このまま校長に別れを告げて、校長室を去る。これも一つの選択だ。
けれど、僕はまだ一つ言っていないことがあった。校門で舞川に会ったときから、言うべきかずっと悩んでいたのだ。言うのであれば、今しかない。この機会を逃せば、僕は一生このことを舞川に打ち明けられないだろう。
「綿鍵くん? 帰らへんの?」
ソファから立ち上がろうとして中腰になった舞川が訊いてくる。
校長は向かいのソファで僕に相変わらずの微笑を向けている。
僕は一つ深呼吸をして、
「校長先生。一つお訊きしたいのですが」
そう言って話を切り出した。
「舞川さんの母親がギャルではなかったというのは本当ですか?」
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