第20話

 翌日は終業式だった。

 放課後、舞川が一人になったところを見計らって、声をかけた。月野から昨日得た情報を伝えるためだ。

 話を聞いた舞川は、

「綿鍵くん、すごいやん! こんなすぐに謎を解き明かしてまうなんて!」

「いや、さっきも言ったけど、すごいのは僕じゃなくて、その月野さんって人だから。僕は彼から情報を買っただけだ」

「何言うとんねん。どう考えてもすごいのは綿鍵くんやろ。情報屋と通じてるなんて、超カッコいいやん。にしても、情報屋がおるなんて、マンガの世界みたいやな。テンション上がってきたわ。表の顔が駄菓子屋の店長っていうのも、中々に渋い設定やん」

 別に設定ではないからな。事実だからな。

「月野さん、やっけ? 倒坂市のことやったら何でも知っとるんやろ」

じゃなくて、だ」

「これで校長先生に『ミスコン復活させてください!』言いに行けるやん」

 僕の返事など聞いちゃいない舞川が、嬉しそうに言った。

「……校長先生に、話をしに行くつもりなのか?」

「当たり前やろ。粥波さんの自殺とミスコン中止がどう関わっとんのか分かったんや。これが小説やったら、推理パートが終わって、次は名探偵がみんなの前で衝撃の真実を口にするのがお決まりの展開やろ」

「僕が言いたいのは、そういうことじゃなくて……。舞川さん、ミスコンを復活させるっていうのがどういう意味を持つか、本当に分かってるのか?」

「もちろん分かってるで」

 舞川ははっきりとした口調でそう言って、

「校長先生がミスコンの再開は無理って言うたんは、粥波さんがミスコンに負けたショックで自殺したって噂があるからや。やから、おいそれとミスコンを復活させるわけにはいかへん。ミスコンを復活させるってことは、彼女の死をなかったことにするようなもんやから」

「そこまで分かってて、どうして……」

「確かにウチがしようとしてることは、褒められたことやないかもしれん。やけど、ウチはこうも思うんや。彼女は別にミスコン自体を嫌ってたわけやないって。むしろミスコンを楽しんでたんやって」

「なぜそんなことが分かるんだ?」

「綿鍵くんも観たやろ、粥波さんがステージで踊ってるとこ。彼女、めっちゃ楽しそうやったやん。ダンスが好きって気持ちが画面から溢れとった」

 舞川は両手を大きく広げる。

「粥波さんは、自殺することでミスコンをなくそうとは思ってへんかったはずやねん。だってあんなに楽しそうに踊ってたんやで。粥波さんはミスコンを心から楽しんどった。ウチにはあれが演技やったとはどうしても思えへん。踊っとるときの彼女は夢中やった。踊りだけに身を捧げとった。――やから、ウチはそんなミスコンをなくしたままにしたくない思うねん。お母さんとの思い出のためだけやない。ウチは粥波さんのためにもミスコンを復活させたいねん!」

 まさか舞川がそんなことを考えていたなんて、思いもしなかった。

 僕は粥波の気持ちを表面的にしか捉えていなかった。ミスコン復活が粥波にとってマイナスの意味しか持たないと決めつけて、それ以上のことを考えようともしなかった。

 だけど、舞川は粥波の気持ちに寄り添い、彼女のためにと行動しようとしている。

 ミスコンを復活させることの意味を本当に分かっていなかったのは、僕のほうだった。

「それに、ウチが思うに、校長先生はウチらを試しとるんや」

「試す……?」

「校長先生、言っとったやろ。二十八年前に起きた出来事を知って、それでもミスコンを復活させたいって思うたら、もう一度私のところに来いって。あれはウチらの覚悟を試しとるわけや。過去に何があっても、ミスコンをやるっていう強い意志がウチらにあるかどうか、それを試しとるんや」

「あれは単なる社交辞令だろ? 校長先生は僕らが二十八年前のことを知ったら、ミスコン復活を諦めると思っていたんだ。だから当然僕らがもう一度会いに来るなんて思っていないはずだ」

「うーん、校長先生は生徒に社交辞令言うような人やない思うで。社交辞令って、嘘言うってことやろ?」

「まあ、発言者が本心から言った言葉じゃないっていう点で考えたら、そうかもな」

「もし校長先生が生徒に嘘つくような人やったら、そもそもウチらに二十八年前のことを調べてみたらってアドバイスもせんかったはずや。ウチらが『ミスコン復活させたい!』って言うたときに、『予算が足りないから』とか『人手が足りないから』とか、それらしい嘘を言って、ミスコン復活を阻止すればええ話やろ? やけど校長先生は、ミスコンを再開できない理由についてちゃんとヒントを与えてくれた。ウチらとまっすぐに向き合って話をしてくれてた思うねん」

「それは……そうかもな」

 校長室での一連のやり取りを思い出す。

 確かに校長は僕らに嘘をついていなかったように思う。もちろん校長の立場というものがあるから、僕ら生徒に胸襟を開いて何もかもを話していたわけではないだろうけど、少なくとも嘘はついていなかった。ちゃんと二十八年前の出来事を調べたら、ミスコンを再開できない理由が分かったのだから。

 舞川の言葉が真実かもしれない。

「……人を疑いすぎるのは、僕の悪い癖だな」

「別にそれでええんやない?」

「え……?」

「綿鍵くんは名探偵や。疑って何ぼやろ」

「いや、僕は別に名探偵じゃ……」

 僕の反論を聞くことなく、舞川が訊いてくる。

「名探偵に欠かせないものって何やと思う?」

「……推理力?」

「ちゃうちゃう、その人は名探偵やねんから、元から推理力は持っとる。ウチが言いたかったんはな、名探偵をサポートする存在のことや。――ほら、言うてみ?」

 舞川が息を弾ませながら顔を寄せてくる。

 どうしても僕の口から言わせたいらしい。

 さすがにここまでヒントをもらって分からないほど、僕も間抜けじゃない。

「……助手」

「ピンポーン! 大正解や! 名探偵は決して完璧な人間やない。やからこそサポートする助手がおるわけや。綿鍵くんが苦手なとこは今回ウチがカバーした。そんだけの話や」

 彼女は僕を励まそうとしてくれたのだろう。

「ほな、綿鍵くんも校長先生のとこ行くん賛成でええ?」

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