#018 『執行騎士との問答』
「現地の冒険者さん。情報共有、お願い致します」
美しい紫紺の瞳に、ポニーテールにまとめ上げた珍しい黒髪が良く似合う整った顔立ち。
可憐な容姿とは裏腹に恐ろしい程の実力を身に付けている少女に、礼儀正しい口調で協力を要請され、手を差し出された。
俺が死ぬ気で戦った
差し出された手を取り、ゆっくりと身体を起こしていく。
「災難でしたね。まさか【
台詞まで英雄染みているな。思わず苦笑しながらも、痛む腹部を押さえながら立ち上がった。
「おや、何か落ちましたよ……?」
その時、俺が倒した
それを見た彼女は息を呑み、眼の色を変えた。
「……失礼を承知でお聞きしますが……貴方の冒険者ランクは?」
「…………Fランクです。……昨日なったばかりですけど」
「別に敬語じゃなくても大丈夫ですよ。恐らく、歳もそう離れていないでしょうし。──というか、それよりも」
「
「ええと……」
マズイ、口を滑らせた。
俺の身体から零れ落ちた事で魔石の出処がばれてしまった。もう少し離れた位置に倒れ込んでいれば、彼女が倒したものだと嘘を吐けただろうに。
確かに奴を倒しはしたが、本来であればDランクに該当する
心臓が早鐘を打ち始め、どう話を切り出せば良いかと困っていた所に、カシュアが耳打ちしてくる。
『落ち着くんだ、レイン君。──君はまだ、迷宮殺しという大罪を犯していない。今後の為にも、不必要に彼女からの警戒をされるわけには行かない。慎重に話すんだ』
そう、【
今後カシュアと共に迷宮を破壊していくとなれば、彼女達とは敵対する立場にあるのだ。
カシュアにそう諭され、息を吐き出して無理矢理荒ぶる心臓を落ち着ける。
「……たまたまだよ。俺があいつを倒せるだけの条件が整っていたから、負傷しながらも何とか勝てたんだ。この通り、死ぬ寸前まで追い詰められたけどな」
「たまたまでFランク冒険者になったばかりの人間がDランクの魔物を倒せるのであればギルドの選定委員会の目は節穴と言わざるを得ません」
何とか捻り出した苦し紛れの言い訳に対し、彼女の疑いの目線は尚も継続したままだった。だけど、これ以上口を滑らせるわけにもいかない。
それ以上何も言わない俺に根負けしたのか、彼女は一つため息を吐いた。
「……ですが、あまり詮索するのも無粋ですね。冒険者の手の内を明かせというのは、貴方達の業界ではタブーでしょうから。ここは迷宮。貴方達のルールに従いましょう」
そう言うと、彼女は目を閉じ、首をゆるゆると振った。
彼女が物分かりの良い性格で助かった。内心で胸をなでおろしていると、彼女は懐から緑色の液体が入った見覚えのあるポーションを取り出した。
「この場を動く前に、これを。飲むか負傷部位に振りかければある程度傷は癒えると思います。安物なので、完全に癒えるかどうかは保証できませんが、無いよりはマシかと」
「安……物……?」
彼女が差し出してきたそれは、俺が大枚はたいて買った治癒ポーションと全く同じ物だった。俺からすれば震える金額だと言うのに、彼女は本当に安物だと思っているようだった。
やはりこの国最高の騎士ともなれば、この治癒ポーションなど小銭を使う感覚なのだろうか……。
震える手でそのポーションを取り、もう一度彼女の方を見ると。
「気にしないで下さい。これが私の仕事なので」
「でもなあ……」
「それじゃあこうしましょう。あなたはたまたま冒険者が遺した物を見つけた。その中にたまたまポーションがあってラッキー。棚から牡丹餅って奴です」
「牡丹餅……?」
聞き慣れない単語に思わず首を傾げると、彼女はああ、と一つ頷いてから。
「……そうでした、この国は餅米を食べる風習は無いのでしたね。私の故郷、
「へぇ……それなら、
「そうかもしれませんね。……それと、
「……分かった」
こほん、と恥ずかしそうに咳払いする彼女……もといセリカ。こういう所は年相応の反応をするんだな。
そう思いながら、治癒ポーションの封を開け、一息に飲み干した。
痛みが引いていき、少しだけだが体力も回復していくのを感じながら、セリカに問う。
「その、セリカさん。雑談ばかりしていて大丈夫なのか? ……他の冒険者の所へは……」
「心配無用です。別の
「はあ……」
てっきり犯罪者に対して取り調べをするかのように問い詰められるのかと思ったのだが、思った以上に彼女が親しみやすい性格で助かった。
まあ、現時点での俺は特に悪い事をしている訳じゃ無いし、当然っちゃ当然だが……。
セリカは俺と出会った時のように耳に付けている魔道具に手を当てて、話し始める。
「生存者を見つけました。魔物に襲われ負傷しているようでしたので、私が出口まで送り届けます」
『了解、こっちも雑魚共を蹴散らしたら生存者を連れて出口に向かうぜぇ』
「はい。バードードさんもお気を付けて」
『がっはっは! 誰に言ってやがる! この程度の規模の
こちらまで聞こえてくる豪快な笑い声を最後に、会話が終わる。
耳元で大声を出された事に少し不快感を覚えたのか、苦笑しながらこちらを向く。
「失礼しました。では、行きましょうか」
そう言って、迷宮の出口に向かって歩き出すセリカ。
足元に落ちた
迷宮の出口に向かって歩いている最中、セリカに問いかけてみる。
「なあ、一つ聞いても良いか?」
「はい、なんでしょう」
「どうやったらあんたみたいになれる……?」
「私みたいに、とは?」
足を止め、どういう意味かという風な視線を向けてくるセリカ。
拳を握り、恥を忍んで言葉を続ける。
「見た所、俺とそう歳も変わらないように見える。……どうやったら、そこまでの実力を身に付けられるんだ……?」
正直、悔しかった。俺とそう歳が変わらないであろう彼女が、圧倒的な実力者たる
Dランク程度の魔物に苦戦しているようでは、世界中の迷宮の破壊を達成するのは何十年も先の話になってしまう。それまで、魔王が復活しないという保証はない。
だから、少しでも強くなる為のヒントを得られれば。そう思い、彼女に聞いてみたのだが……。
「
聞き間違いかと思い、彼女の表情を見て心臓が止まりそうになる。
美しい紫紺の瞳からは輝きが失われ、どこまでも暗く、底知れない憤怒が宿っていた。
だが、次の瞬間にはその憤怒は鳴りを潜め、一つため息を吐いた。
「──今日出会ったばかりの貴方に私の事情を話すつもりはありません」
こちらが何かを言う前に、ぴしゃりとそう断言されてしまう。その一言で、一連の会話で縮まったと思った彼女との距離が一気に離れたような気がした。だが、こっちの表情を見てか、彼女は振り返りながら呟いた。
「ですが、そうですね。
そう言って、再び歩き出す彼女。その場に立ち止まりながら、彼女の言葉を心の中で反芻する。
(心に決めた信念、か)
俺は、カシュアの望み通りに世界中の迷宮を破壊する。魔王復活を阻止するという目的の為に。
世界は
だからこそ、いつかは目の前に居る、途方も無い程の実力差のある剣豪とも立場上敵対する事になるかもしれない。少なくとも、彼女よりも強くならなければいけない。
英雄になる事、そして迷宮を破壊する事。そんな俺の二つの目標に、セリカと渡り合える程の実力を身に付けるという事を加え、決意を新たに歩き出した。
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