初めての出会い?②【sideアレクシス】


 先ほどの既視感はいったい何だったのだろう。

 クリスタ・アーメント。彼女の笑顔を見た瞬間、なぜかなつかしい思いに駆られた。

 どこかで会ったことがあるからなのか。

 だが、あんなにみごとで珍しい髪色の女性を忘れるなんて考えられない。

 赤みを帯びた金。ストロベリーブロンドの女性になど会ったことはないはずだ。


 やはり気のせいか。


「殿下、失礼いたします。報告書をお持ちいたしました」


 物思いにふけっていると、部屋の入り口から補佐官のラルフが声をかけてきた。


「どうかなさいましたか? 何やら考え込んでいらしたようですが」


 このままではどうにもすっきりしない。

 いちおうラルフに確認してみるか。


「さっき入り口ですれ違った女性がいただろう。お前はどこかで彼女に会ったことはあるか?」

「いえ、初めてお会いしましたが。もしかして、あの女性が昨日お話しされていた……?」

「ああ。彼女がクリスタ・アーメントだ。昨日聖女になり、俺の婚約者に選ばれた」

「やはり、そうでしたか」


 ラルフからは何の情報も得られず、俺は小さく溜息をついた。

 このまま話を終わらせてしまうのも何だか据わりが悪い。


「お前は彼女を見て、どう思った?」


 気持ちの整理もつくだろうとクリスタの話を続ける。


愛嬌あいきょうがあって、かわいらしい女性ですね。珍しい髪色と笑顔が魅力的な方だと思いました」

「そうか。俺も似たような印象を抱いた」

「えっ、殿下が!?」


 ラルフは目を見開き、吃驚きっきょうの声をあげた。


「何をそんなに驚いている?」

「いえ、殿下が女性に好意的な印象を抱かれたのが意外でして。これまで女性には全く関心を持たないどころか、不快感を示されることが多かったので。もしや、一目れですか?」

「くだらないことを言うな。どこかで会ったような気がするせいか、普通の女性とは違う印象を覚えただけだ。中身も知らずに顔だけで惚れるなど骨頂こっちょうだぞ」

「も、申し訳ありません。冗談だったのですが……」


 謝罪の言葉を聞いてばつが悪くなり、ラルフから目をそらす。

 彼の冗談を真に受けてしまうとは。どうもクリスタに関することには調子を狂わされてしまうようだ。


「報告書を提出しに来たのだったな」

「はい、こちらです」


 俺はラルフから報告書を受け取り、積みあげられていた書類の山に重ねる。


「この計画書を書き終えたら目を通そう」

「計画書ですか?」


 ラルフが俺の目の前にある計画書をのぞき込み、題目を読みあげた。


「聖女育成計画?」

「ああ。陛下にクリスタの面倒を見るように頼まれたからな。計画を立てていた」


「……朝六時、騎士団の敷地十周。朝七時、腕立て伏せ、腹筋各五十回。朝八時、素振り百回。まさか、これを聖女様に実行させるおつもりではないですよね……?」

「そのつもりだが? レークラントでは聖女も魔物討伐に参加しなくてはならないからな。自分の身を守れるように基礎体力はつけておいた方がいいだろう」

「おやめください! これでは、聖女じゃなくて騎士の育成計画です。女性であれば逃げ出してしまいますよ」

「この程度の訓練で逃げ出す騎士はいないぞ? 俺なら、この十倍やっても平気なくらいだ」

「聖女様は騎士でも男性でもなく女性ですからね? それと、化け物のような殿下の体力を基準に考えないでくださいっ」


 ラルフは唇を引きつらせて指摘し、俺をいさめてくる。


「殿下はご自分にも他人にも厳しすぎるのです。基礎訓練に関しては私にお任せください。約百年ぶりに現れた聖女様に逃げられるわけにはいきませんから」


 一理あると思った俺は小さく頷き、眉をひそめて尋ねた。


「そこまで言うのなら任せるが、お前は大丈夫なのか?」

「大丈夫、というのはどういった意味でしょう?」

「彼女にだいぶ良い印象を抱いているようだからな。ちゃんと割り切って指導ができるのかということだ」


 懸念けねんについてはっきり伝えるのははばかられ、曖昧あいまいな言い方をしてしまう。


「……まさか、私が聖女様に懸想けそうするのでは、と心配されているのですか?」

「そういうわけではないが、若い男女が長い時間を共にすれば、どんな感情を抱くようになるかわからないだろう?」

「いいえ、主人の婚約者に特別な感情を抱くことなどありえません。私はあなたに命を捧げることを誓った騎士であり、一番を自負する側近ですよ? もし万が一聖女様に好意を覚えたとしても、自我を抑え切る自信はあります。私の忠誠心をお疑いですか?」


 すごみを覚えるほど真剣な目をして問われ、俺は首を横に振った。


「いや、くだらないことをいた。忘れてくれ」


 ラルフが俺を裏切るようなことは絶対にない。

 彼は俺のためなら誓い通り命を投げ出すような忠義に厚い男だ。どんな命令も自らを律して完遂しようとするだろう。

 本当になぜあんな馬鹿げた質問をしてしまったのか。


 不思議に思っていた俺を、ラルフが意外そうに見て尋ねてくる。


「殿下、もしかして嫉妬しっとされているのでしょうか?」


「嫉妬? それは、執着している異性や想い人と親しい同性に対して抱くネガティブな感情のことか? 独占欲を覚えたり、ねたんだりするという。想い人を執拗しつように追い回したり、束縛や監禁をするやからもいるらしいな。俺がそういったことをするような浅ましい男だと思うのか? それこそあり得ない質問だぞ?」

「……そうですね。私の方こそくだらないことを訊いてしまいました。平にご容赦ください」

「ああ。もういいぞ。執務を続けるから下がってくれ」

「はい、失礼いたしました」


 ラルフは面目なさそうに頭を下げて部屋から出ていった。


 俺はラルフとクリスタが立っていた場所をぼんやり眺めながらつぶやく。


「嫉妬か」


 今まで女性に恋心を抱いたこともなければ、もちろん嫉妬したこともない。

 恋をすれば人は変わると言うが、この俺に限って嫉妬に感情を支配されることはないだろう。

 クリスタとラルフが仲良くしている姿を想像すると、かすかな不快感を覚えたりはするが。この程度の感情は、おそらく嫉妬とは呼ばない。

 それに、相手はまだ会ったばかりの女性だ。


「……クリスタ・アーメント」


 彼女のことを考えると、なぜか落ちつかない気持ちになる。

 約百年ぶりに現れた聖女だからだろうか。

 それとも、先ほどの笑顔に胸を揺さぶられたから?


 俺はまた彼女の笑顔を思い出し、胸にかすかな高揚感を覚えたのだった。



――――――――――――――――――


あとがき


お読みいただきありがとうございました。

この番外編でアレク王子が言った台詞セリフ覚えておいてください。

苦笑必至ですので……。


番外編は機会があったらまた書きたいと思うので、連載中表記にしておきます。

コミカライズ・WEB小説版ともにフォローなどの反応をいただけましたらありがたいです。

引き続きコミカライズをお楽しみくださいませ。


青月花

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【漫画連載中】死に戻り聖女は完璧王子の執着から逃れたい【番外編】 青月花 @setu-hana

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