夢食らう猫の日常。

ぬ。

第1話 猫である。

 われは猫である。

 名前は『ねる』である。

 よく寝る猫だから『ねる』。

 実に安直だが、下僕げぼくの子らがそんな理由で決めた名だ。

 まぁ、名前など好きに呼ぶがいいさ。

 返事をしただの、無視されただのと、我が一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに歓喜する様を眺め欠伸する。

 その欠伸姿をスマホで撮影会をする下僕。

 名前は威智いち

 そのつがい理乃りのもスマホを両手で構え我を呼ぶ。

「ねるー、ねるちゃーん、ねるねるねるねーーー!!」

 我の視線が欲しいらしいが、我は知らん。

 そもそも、なんだその呼び方は。

 好きに呼ぶがいいとは言っても、癪に障るものもある。

 すくっと立ち上がり伸びをして向きを変えしりを向け座り直した。

 その臀に向かって鳴るシャッター音。

「ねるはおしりも尊いね」

「威智ちゃんのねる愛は相変わらずだね」

「変わらなくないよ、日々積み重なっていくんだよ、理乃ちゃん」

「そうだったわ、日々進化するんだったね」

 我の臀を眺め笑い合う威智と理乃。

 臀を見ながら飽きずにイチャイチャとする二人。

 我が尊いのは当然である。

 我は夢猫ゆめねこであるのだからな。

 臀であろうと尊いのだ。崇めるがよい。



 世界には普通の猫と夢猫と二種の猫が存在する。

 猫又なんてのもいるが、あれはまた部類が違うのでな。説明も面倒なので割愛する。

 普通の猫は世界中で愛される我らが同胞。

 気高く愛くるしく存在するだけで神!!

 だと威智が熱弁を奮うのを、と内心で頷いておく。

 そして我のような夢猫。

 見目はそう変わりはしない。

 二種が並んでいても人には違いなど判りはしないだろう。

 よく寝ているのも変わらないが、その寝るという行動に違いがあるのだ。

 夢猫の寝る行動には種類があるのだ。

 睡眠としての純粋に身体を休める行為の寝ると、夢を食らう為の寝る。

 そう、我ら夢猫は夢を食らうのだ。

 世界のありとあらゆる者達の夢を食らう。

 それが夢猫である。



 ここで勘違いしないでもらいたいが、夢猫が夢を食らっても、夢主ゆめぬしにはなんら害はないと言う事である。

 夢を食われると同時に精気まで食われ、衰弱するなんて勘違いはしてもらっては甚だ心外であるからな。

 むしろ、我が夢を食ろうたおかげでこの下僕の威智などは元気になったくらいであるのだから。

 夢主にとっての良き夢も、悪しき夢もどちらも我らは食らう。勿論それ以外も。良き夢が美味で悪しき夢が不味いと言ったこともない。

 味に違いはあるが美味い不味いの違いではない。夢の味とは良き夢だから悪しき夢だからと単純でもないのだ。まぁ、夢主と我ら夢猫の“ふぃーりんぐ”があえばその夢主のみる夢は好みに合った夢が多くなるのであるが。

 所謂相性よな。

 甘い夢、ピリ辛な夢、甘酸っぱい夢、苦味のある夢、噛みごたえ歯ごたえのある夢。

 威智の夢はどれも我の好みに沿った味わい深い夢なのだ。下僕の下僕たる所以である。

 だからと言って、我は威智の夢だけを食らう訳でも無い。先も言ったが我ら夢猫は世界中のありとあらゆるモノたちの夢を食らうことが出来る。

 故にどこぞの誰とも知らぬ者共の夢を食らう事もあれば、多少見知った者共の夢を食らう事もある。好みからハズレた夢に当たることも稀にあるが。それもまたオツなもので、なかなか夢の選別も奥深いものなのだ。

 今居るこの日本で威智の夢を食らい、日本の反対側だろうが北極、南極だろうが夢のあるところ、どこの夢でも食らうことが出来る。世界中の夢を食らう事は我ら夢猫には容易い事よ。陸や海を移動する訳では無いので距離も時間も関係はないのである。



「あ、理乃ちゃん。そろそろ仁和にかのお迎えの時間だ」

「もうそんな時間かー、休みの日ってなんでこう早く感じるのかなぁ」

翔有とあ悠良ゆらもすぐ帰ってくるね」

 ふむ。もうそのような時間か。

 威智と理乃には三人の子供がいる。

 長男の翔有とあ、次男の悠良ゆら、長女の仁和にか

 上の二人が小学生で末の子が幼稚園児だったか。

 その末の子仁和の帰宅時間がそろそろなのだろう。威智が迎えの準備をしている。

 子らが帰宅すれば騒がしくなる。

 どれ、少しひと眠りして英気を養うとするか。



「あら、ねるどこ行くの?」

「にぃ」

「お返事いただいたわー」

 が眠りを妨げるものは何人たりとも許さぬ所存だが、自衛もせず我が黄金の左前足の餌食にするのもいささか可哀想であるからな。

 なに、爪はしまってある。我は実に優しいのだ。

 慈悲はある。

 しかし威智などは悦び勇んで、左前脚の餌食になりたがるがな。

 左前脚と言わず、四足の何処と言わず、顔を踏まれて悦ぶ下僕である。

「肉球幸せー」

 などと恍惚とした表情で彼奴はその身を差し出すのだ。

 ──話が逸れたが、自衛の為の寝場所の選別は大事である。

 ソファーに置かれたビーズクッション、窓辺のクッション、床に置かれたちぐら、、キャットタワーの天辺か、その下に揺れるハンモックか……。

 熟考の末キャットタワーのハンモックに登り寝の体制をとる。子供の手の届かない場所でもある。

「ねる、お昼寝ですかー?」

 理乃が声をかけてきたが、鳴き声を返す事はせず、くるりと丸くなり、すぅっと目を瞑った。



 静かにゆっくりと、内に内に沈んでく。

 精神がかたをとる。そのかたが──つぷん──と何かの膜を通り抜けた。

 その膜は壊れる事なくかたちを通し、僅かな波紋を描いて元に戻る。

 目をゆっくりと開いた先に広がるは、夢猫が行き来する夢の世界、夢世ゆめよ

 現世うつしよとは別の、我ら夢猫が夢を食らうための世界。この夢世には全ての夢が集まる。

「今日は変わらずであるか……」

 この夢世、景色がころころとよく変化する。

 誰が変えているのやら、まぁ何か不便がある訳でもなし、悪意も感じる事もない。

 基本美しい景色で彩られているので、飽きることがなくていいか、ぐらいの気持ちでいるのがいいと思っている。我らは飽きやすいのだ。難しく誰が、何の為になど考える必要もなかろう。

 ここは、こういう場所なのだ。

 それでいい。

 今回は、前回と変わらず、果てしなく広がる湖面と浮島、そして色とりどりの様々な形をした花々。

 花と言ってもクリスタルの様な物で出来た花だ。

 この花が今回の夢世での夢の形である。



 さて、多種多様な夢の中から好みの夢を探すか、変わり種を選ぶか、実に悩ましいとこのであるが、しかし今は限られた時間である。子らが帰宅する前に戻るのが理想であろうな。

 有限な時間を無駄にする訳にはいかぬが、食す夢に妥協することも出来ぬ。

 実に難しい問題である。

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