タカミナツスターク株式会社は、現在の人類の母星「アルデリア」に、本社を構える企業だ。

　社員一同に全くの自覚は無いが、一応大企業と呼ばれる部類の、製造業である。

　扱う製品はそこそこ多岐に渡り、その中には宇宙船と宇宙空間での作業用、移動用の機械類がある。

　顧客の幅も広く、運送業や建設業が主体だが、公的機関や一般人への製品の販売も行っている。

　そういった背景から、宇宙空間での使用が主になる製品の研究、開発、製造を顧客の近くで行う為、アルデリア外にも拠点を持っている。

　その一つが、スペースコロニー銀翼の拠点だ。

　

　タカミナツスターク社が拠点を構える地域は、第三研究開発区と言い、主に研究開発を行う施設が多く建ち並んでいる。

　多くの建物が、人が住むよりも、物を作る機械を置くのに適した造りをしている。

　デザインよりも機能重視で、大型の運搬車両等で機材を搬入するための入口が設えられている。

　現在は夜9時を迎えたところで、どの建物も本格的な業務を終了し、一部夜間作業や残業している者がいる以外は、徐々に消灯し始めている。

　昼間と違って夜間は、殆ど人がいなくなるエリアだ。　

　そんな工場地帯にも、一応飲食店は存在する。

　タカミナツスターク社から、徒歩で10分程の所にあるその店は、2階建てで、丸みのある赤茶色の瓦の屋根に、赤い柱に白い壁。

　どこかの民族の伝統に則った様な様式で、所々ライトアップされている。

　無機質な街並みの中で温かみを感じられる様な場所になっている。

　その2階の2人掛けのテーブルに、少女が2人、向かい合って座っている。

　一人は、やや茶色がかった黒で、毛先があちこち跳ねた短めの髪。やや眠た気な目に、茶色味のある瞳。

　もう一人は、真っ白で細く、こちらも癖のある短めの髪。ぱっちりとした二重に、薄い青味がかった瞳。髪と同じ毛で覆われた先の尖った大きな耳を持つ。

　二人とも、白のジャケットに、紺のパンツで、ジャケットの背と左胸には黒字でタカミナツスターク社のロゴが刺繍されている。

　黒髪の方のミリィは、右手で携帯端末を持ちながら、左手のフォークでパスタをくるくると回し、明日からの休みに何をするか、考えていた。

―――

　

　今日も疲れた。

　これで、ようやく週末だ。

　タカミナツスターク社に入社して、4か月になる。

　資源調達統括部狩猟部と言う、一般的な製造業では見かけない様な、かなり特殊な部署に配属された。

　この部署は、会社が製品開発や、研究に使っている資材の3割程を調達していて、その殆どを「狩り」と言う形で行っている。

　わたし達はまだ新人のため、「狩り」に出る事は無く、入社してからずっと研修と「狩り」のための機材の整備を行っている。

　だけなのだが、これがとにかく疲れるのだった。

　ほぼ半日は、パソコンに向って資料を読んで、残りの半日はパソコンのシミュレーターで、機材の使い方を練習する。

　ようやく、来週から「狩り」に参加出来る。

　そこでふと気になって

「週明けの狩り、暁星の外壁周辺って、そんなところに目ぼしい獲物がいるのかな？

　ただの、スペースコロニーでしょう？」

　と、向かいに座るレミに話かける。

　レミは、この店のおすすめであり、レミの好物でもある自家製スパイシージンジャーエールのストローを加えながら、こちらに目を向ける。

　太っているわけでも無いのに、ぷくっと膨れた頬が、何とも愛らしい。

　でも、知らないんじゃないかな？

　レミは、几帳面で週明けのすぐの予定なら、下調べしておく質ではある。

　が、それでも詳しい業務環境までは、知らないだろう、と回答を予測してみる。

「ああ～、ミリイちゃんは、えーっと、何だっけ？暁星？見たことないんだね～？

　あそこね、でっかい岩にくっついてるんだよお。

　多分その岩にいるんじゃないかな？」

　予想とまるでかけ離れた回答だった。

　一瞬驚いたが、そう言えば、レミは何かと宇宙に憧れていた子だった。主要なスペースコロニーの情報は、当然の様に頭に入っているのだろう。

「銀翼に来てから他のコロニーに行ってなかったからね。」

　銀翼に転勤になったのが一月前。

　それまでは、わたしもレミも、ずっとアルデリアに暮らしていた。

　各コロニーでも通常の転居手続き等は出来るため、観光でも無ければ、「暁星」を訪れる機会は無いと思っていた。

　ただ、一応スペースコロニー「暁星」は、この辺りのコロニー群の都市としての中心機能を担っているらしい。

　なので、それを全く知らないのは非常識になるのだろうか？

　一応、商業施設は豊富らしいので、いつかは行ってみよう、と思っているのだが、銀翼もそこそこ栄えたコロニーのため、銀翼で十分と思ってしまう。

　ここ1か月は、銀翼の飲食店の開拓が忙しかった。他のコロニーにまで、足を運ぶ余裕はない。

「週末に展望行こうよお。暁星ってえ、ここの隣の隣だからあ、そこから見えるよお。」

　展望とは、一般人が宇宙を気軽に観測できるようにコロニーの外壁の数か所に設けられた、観光施設だ。

　ということは、コロニーの高速回転と一緒に回っているんじゃないの？

　スペースコロニーは、殆どが円筒形をしている。円周方向に回転することで、遠心力により重力を発生させている。

　更に、「隣の隣」ということは、コロニー一機分以上は離れているってことか……。

　銀翼に引っ越して来たばかりの事を思い浮かべる。

　宇宙船の窓から見えた銀翼一帯は、遠くから見ると多くのコロニーが密集しているように見えた。

　だが、近づくにつれ、それぞれのコロニーは想像以上に大きく、間隔も広いことが分かった。

　到着する頃には、銀翼が宇宙空間に一つ、孤立している様に思った程だ。

　なので、きっと肉眼では見えない様に思える。仮に見えても、回転しているのだから、一瞬で通り過ぎるんじゃないだろうか？

　わたしとしては、折角の友人のお誘いでも、せっかくの週末はもっと有意義な事に使いたい。

　例えば、野菜を形が無くなるまでじっくり煮込んで、数種のスパイスをオリジナルで調合した、カレーを提供する店を訪ねてみるとか。

「いいかな。展望って有料だよね？それに、遠くのを見るための施設でしょう？

　どうせ見づらいだろうからいいよ。週明けに行くんだし。」

「見づらい？大丈夫だよお。

　展望って、低速回転してるしい、有料だけど、望遠鏡もあるからあ。

　ゆ～っくりと周りのコロニーとか、アルデリアを見ることが出来るんだあ。」

「え、そうなの？」

　

　ちょっと恥ずかしくなり、思わず周りに視線を向けてしまう。

　工業区画の労働者を対象とした飲食店は少ない。

　同じ会社の同僚がすぐ隣にいることも珍しくないだろう。

　知り合いは……、いない様だ。

「まあ、確かにコロニーの説明ってえ、ジュースのボトルを回転させた様なのを見かけるよねえ。」

「気を使わなくていいよ。それなら、洗濯機だよね。

　でも、洗濯機って、回るの洗濯槽だけだから、本体が動か無いのと同じ様に出来るよって、ってことでしょ？」

「まあ、そんなところ。

　床に置いてあるか、宙に浮いているかで、ビミョーに違うけどねえ。

　これだけ大きいから、いろいろな使い方が考えられてるんだって。

　重力も全体が1Gじゃなくて、港とか軸付近の施設は微重力だし、物流のために低重力になっているところもあるんだよ。

　展望は重力がすごく弱い区画にくっついてるから、居住区よりもゆっくり回ってるってこと。」

　はいはい、スイッチ入ったね。

　普段は間延びした話し方だか、好きな話題になると途端に早口で情報量が増える。

　彼女の特徴ともいえる猫の様な形の耳も、先がピンと立っていて、いかに本人が上機嫌かがわかる。

　まあ、嫌いではない。

　むしろ、なんて可愛いやつめ！

　幼い頃からよくレミの部屋に遊びに行ったが、その頃から部屋中に宇宙と名の付く書籍が散乱していた。

　毎度片づけるのを手伝わなければならなかった事を思い出す。

　ただ、座って話をする場所を確保するためだけに。

　確か、銀翼に引っ越した際にも、そのほとんどを持ってきていると記憶していた。　　

　度々電子化しろと忠告しするのだが、「ちゃんと電子版と書籍版、両方持ってるよ！」と怒られた。

　レミ曰く、気が向いたときに手軽に手に取って眺めるために、書籍版が必要で、移動先で見たくなったときのために気軽に持ち運ぶために、電子版が必要なんだとか。

　じゃあ、書籍はアルデリアに置いて来いよ。

　宇宙関連と言っても、遠くの星や銀河等が好きなのだと思っていた。

　以前に、好きな理由を聞いたら、

「どんなところか見てみたいんだよねえ。

　でも、誰も情報を持っていないから、想像するしかないじゃん？

　だからあ、色々読んで、想像するのが楽しいんだよねえ。」

　と、言っていたからだ。

　今の話し振りからすると、宇宙開発にかかわる技術も、守備範囲なのだろう。

　レミの話は、スペースコロニーから、宇宙船に搭載される、イオン推進の話にまで及んでいる。

　途中から何言ってるか分かんないや……。

「そうなんだね。」しか言えてないし……。

　まだまだ、終わらなそうなので、いつの間にか無くなってしまったパスタの代わりに、カツサンドを注文する事にした。