5‐29
ノール・オーヴァでの戦いから数日後。
エリアスとアディによって半死半生の状態で助けられたルクスとベオは、クラウスの手続きによって手厚い治療を受けることができた。
彼自身は決して認めなかったが、今回の反乱の被害が大きくなる前に抑えられた一番の功労者扱いになったらしいと、副官のミアも言っていた。
その後は本来ならば王都に招待されて表彰を受けるなどどいった話もあったのだが、それらは全て拒否した。
その無理が通ったのも、クラウスが尽力してくれたらしい。
そして今、ルクス達はいつものミリオーラに帰還して、サンドラの店である夕立亭でささやかな宴会を楽しんでいる。
いや、最早それはささやかとは言い難いほどの規模になっていた。ルクスが行方不明になったことをミリオーラの人々が嘆き、そして無事に帰還したことを大勢で喜んだ。
最初は魔獣殺し、魔王再誕での大活躍。そして反乱を企てたギルド・グシオンのマスター・ウィルフリードを倒した少年を一目見ようと、それこそミリオーラ中の人々が集まるほどの勢いだった。
とは言え当然夕立亭に彼等が入れることはなく、結局サンドラの計らいによってルクス達のギルドといつもの常連だけの貸し切りとなった。
全てが始まった、隅っこの席。
相変わらずそこに座って、サンドラの料理に舌鼓を打つ。
「いやぁ、今回は本当に死ぬかと思った……。オーウェンさんも人が悪いっすよ」
「お前さんならやってくれると思っただけさ」
エリアスとオーウェンが仲良さげに談笑している。
「る、ルルルクス君。あの、アディは今回は割と何もしてないんですけど、でも一応はみんなを護ったりしたわけで、ああ、でも別にボーナスが欲しいとかそう言うわけじゃ」
「アディ、わかってるよ。エリアスから聞いたけど、クラウスさんと一緒にみんなを護ってくれたんでしょ?」
「う、うううん。うん!」
こくこくと、アディが首を縦に振る。
「アディ、頑張ったよ。ルクス君とまた離れ離れになるのも嫌だったし、ギルドのみんなが死んじゃうのも嫌だったから。殆ど何もできなかったけど、アディなりに、色々と」
たどたどしく語るアディの表情は穏やかで、何処か誇らしげでもあった。
「アディ。みんなを護るために力を使えました……。この正体不明の不気味で意味がわからない上に強いのかも弱いのかもわからない一応はちょっと便利な気がしないでもないけど見た目的には気持ち悪いよなぁとか日々悩んでるこの力を」
早口でそんなことを語るアディに苦笑する。そこまで言わなくてもいいとは思うのだが。
「護るために、命を救うために使えました」
両手にジュースが入ったコップを持ち、アディはそう言った。
「それが、凄く嬉しかった」
その言葉は、本当にアディの心の底から出たものなのだろう。
彼女の中にある忌むべき力。それが本当になんであるのかは最早あの研究所がなくなってしまったからわからないが。
それが他者に攻撃するだけではなく、護るために使えたことはアディにとっての大きな一歩だったのだろう。
ルクスがこの、自分の中にある黒い心臓の力で戦ってみんなを護れたのと同じように。
「でも、アレクシス……本当に死んじまったんだよな」
ぽつりと、エリアスがそう呟いた。
「まぁ、そうだな」
答えたのはオーウェンだった。こういう時に気休めを口にしても意味がないことを彼は知っている。
「ルクス、お前はやっぱりアレクシスの後を継ぐのか? いや、英雄にはなれないかも知れないけどよ……それでも、その」
「……まだわからない」
ルクスは静かに首を横に振る。
「アレクシスは偉大過ぎた。確かに僕はあの人から剣を受け継いだけど、それだけで全てを託されたわけじゃない」
大英雄アレクシス。
その名は王国全土に響き渡っている。
誰よりも国に尽くし、誰よりも敵を倒し、そして誰よりも人を救った。
彼が何を想いあの場に現れたのかは、今となってはもうわからない。
そして二つの戦いを経て、ルクスもまた色々なことを知った。
英雄はただ人に憧れられるだけのものではない。自身が見てきたアレクシスの姿は雄々しく華々しい、何よりも眩しいものだった。
しかし、実際は違う。彼もまた心の奥底に何かを隠し、それを必死で抑えながら剣を振り続けていたのだと。
その苦悩を、死すべきその時まで一度も表に出さないまま。
「英雄の重圧ってのは重すぎる。俺にはとても耐えられそうになかったね」
英雄になり損なった男、オーウェンがそう言った。
「僕は僕ができることをやっていくよ。一つずつね。そしていつか、あの人に胸を張れるようになればいい。取り敢えず、今は」
「……そっか」
それ以上、エリアスは何も言わなかった。
彼も英雄に、アレクシスに憧れていたのだ。やはりその死をなかなか飲み込むことができなかったのだろう。
それもルクスの言葉で、何とか吹っ切ろうと思えたようにも見える。
ふと、ベオがいないことに気が付いた。
最初のころは上機嫌にジュースを飲んでいて、確かアイスのお替りをエレナに止められたところまでは見ていたのだが。
ルクスが立ち上がり席から離れると、ちょうどエレナが奥からやってくる。
「ベオちゃんなら外ですよ」
「ありがとうございます」
「ルクスさん、本当に英雄みたいになっちゃいましたね。……なんだか、ちょっと遠くに行ってしまったみたい」
「……そんなことないですよ。僕はいつでも、ここに帰ってきますから」
そう言って、一度視線をいつもの席に向ける。
それを見たエレナは微笑み返してから、ルクスにベオのところに行くように促した。
そのままエリアス達のところに料理やオーウェンの呑むお酒を運んでいく。
一瞬のエレナの寂し気な視線に気付くには、ルクスはまだ子供だった。
そのまま彼女と擦れ違い、周りの声に適当な言葉を返しながら夕立亭の外へと出ていくのだった。
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