5‐28
アル・ノーヴァの王宮。
その地上部分は豪華絢爛な作りとなっており、その広さは王族達が生涯ここから出ずとも問題なく生活できるほどだった。
その王宮に入ってすぐの場所に、五賢人と呼ばれる老人達が会議をするための円卓があった。
「魔導の英雄の調子はどうだね?」
「現状では特に何事も、と言ったところです。英雄の責務であると割り切っているようなので」
「ならいいが。よもや彼女も、自身がアレクシスの死体を焼いたとは思ってもみないだろうな」
特に感情の籠らぬ声で、円卓の椅子に一人座った老人がそう言った。
だらしなく太った身体のその老人の名は、ハミルトン・クロウリー。
このアルテウルに仕える大公であり、五賢人の中でも最も無能と揶揄される男だった。
「しかしモーリスも人が悪いな」
「モーリス大公に関しては、恐らくはその辺りの事情は考えてないものかと」
「だから人が悪いのだ」
呆れたようにハミルトンが嘆息する。
彼の目の前にいるのは黒衣の男。
長身に黒髪の男の名はレイヴン、彼もまた王家に仕える人物であり、王族とご神体を繋ぐための神官の役割を持つ。
大公と共に長くこのアルテウルを維持してきた一族の一人であり、普段は彼等の指示を聞き治安維持のために動いていた。
そんな彼の今日の仕事は、神の雷の使用を魔導の英雄に伝えそれを見届けること。
無事にそれを果たし、ここアル・ノーヴァに帰還してそこで出会ったハミルトンに事の報告をしていた。
「魔導の英雄はほら、アレクシスに懸想をしていただろう」
「その辺りの事情は私にはわかりかねますな」
「そうか。君もつまらん男だな」
ハミルトンの軽口にも、レイヴンは特に気を悪くした様子はない。
「これで当面は心配なさそうだな。英雄達の多くは再び稼働できそうだ。あのままノール・オーヴァを掌握されては厄介だったから、そう言った意味ではアレクシスの独断は助かったとも言える」
「その言い分では、やはりノール・オーヴァには何かがあると?」
「まあ、隠しておくことでもないだろう。あそこに眠る魔王はまだ死んでない。であれば、何かの機会に蘇ることもあるだろう」
「……ほう」
レイヴンの表情が変わる。
魔王と言う存在に対して、興味深げに目を細めたままハミルトンに問いかけた。
「だからアルテウルはノール・オーヴァを攻めたと?」
「そう言うことだ。あの地に眠る古き夢こそが、迫害されている亜人達の拠り所になる。それを避けるためだな」
「クロウリー卿は、そこに眠る魔王が蘇る可能性があるとお考えで?」
「そう言うこともあるだろう。何せこの大陸には、わしらの想像も及ばないことが幾つもある」
あの地に眠る魔王ベーオヴォルフを始めとして、二度の魔王と呼ばれる災厄の出現。
そのどちらもが、アルテウルの知らない力によるものだ。それ以外にも幾つもの、歴史に残っていない力がこの国には眠っている。
「魔王だけではない。かつての時代に争った者達の残骸が幾つも眠る、火薬庫のようなものだ。この国は」
「火薬庫、ですか」
「ああ。正確には我等の祖先がそうしたのだがな」
朗々と、楽し気にハミルトンが語る。
「押さえつけ、従属させ、奪った。それによって膨れ上がった憎悪は、かつての遺産を、本来ならば大いなる発見にもなりうるそれらを武器へと変える。魔王もまた、その一つなのだろう」
「他の五賢人はそのことに気付いておいでで?」
「さあなぁ。モーリスの奴は何かに感づいているかも知れんが、奴は動けんよ。王家の顔色を窺い、民達との関係を調整するので精一杯だ。或いは」
ハミルトンの顔つきが、一瞬だけ変わる。
何処か惚けたような老人からは想像もできないほどに鋭い視線で、謁見の間がある王宮の一室の方を睨んだ。
「奴は何処まで行っても、英雄が全て解決してくれると思っているのかも知れんな」
「これまでもそれで何とかしてきたのだから、そうなるでしょう」
「で、あれば足元を掬われるかも知れんな。或いは、そのまま王家の治世が続くか。まぁ、どちらにせよわしには関係ないことだ」
「関係ないとは?」
「もう老人だよ、わしは。時代が変わろうが変わるまいが、後はこのまま朽ち行くだけ」
ハミルトン・クロウリーには子供も孫もいる。
彼の息子は今は立派にクロウリー家を継いでいるはずだ。
そんな子孫達に少しでも豊かな後の時代を残そうと考えないのが、ハミルトンが周囲から無能と揶揄される原因の一つでもあった。
「そう言えば、一つ頼みたいことがあった」
「なんでしょうか?」
「わしの息子の一人が管理している辺境の土地があってな。そこの村を一つ、王子にくれてやることにした」
「王子とは、カーティス様のことですか?」
「以外に村一つを欲しがる王子もいるまい。ほら、何かと今後は必要になるだろう」
この反乱で、亜人達の扱いは更に悪くなっていく。
そうなったときに逃げ込める先が必要だった。そのために、ハミルトンの後ろ盾を得たカーティスが役に立つ。
「いいのですか?」
「何がだね?」
「本来ならば死んでいるはずの王家の血。そしてそこに集まる亜人。これはまた新たな争いの火種になるでしょう」
「……さてなぁ」
惚けるように、ハミルトンが首を傾げた。
或いは彼は本当に、捨て駒にしたカーティスや亜人達に対する罪滅ぼしのつもりでそれをやっているのかも知れない。
だとしてもその先にあるのは、やはり血が流れる未来でしかないだろう。
「命令とあれば、お受けいたします。カーティス様に一先ずは伝令を」
「ああ、そうしてくれ。それから、君の本当の主にもよろしくな」
ハミルトンのその言葉を受けても、レイヴンは顔色一つ変えることはない。
そのまま一礼して、円卓の間を後にしていった。
後に残されたハミルトンは、杖を突いてよたよたと立ち上がる。太りすぎと運動不足で、歩くのも大変な身体だ。
「おっとっと……。なぁ、モーリス……果たしてわしらの古いやり方がどの程度役に立つのか、楽しみではないか?」
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