4-11

 カーティスを何とか宥めながら進軍を進めることそれから丸一日。ルクス達は亜人達が隠れていると言われている丘陵地帯へと足を踏み入れていた。


 小さな丘が幾つも連なったその奥には、深い森林が広がっている。




「予定ではこの辺りのようだが」




 カーティスが揚々と、窓の外を覗き込む。


 今から行われるのは戦いではない。ギルド・グシオンの先遣隊が敵軍の大半を片付け、この辺りで合流する手筈となっていた。




「……あいつらは何処にいるんだ!」




 それから数分ほどで、カーティスは苛立った声でそう怒鳴った。彼の怒りももっともで、この目立つ一団を見つけて近付いてきてもおかしくはないはずだった。


 一応警戒しておいた方がいいと、ルクスは狭い窓から必死で周りの景色を観察する。


 とはいえ、高低差が激しい地形なので遠くを見渡すことはできず、狭い視界の中で何かを探さなければならなかった。


 その時、不意に馬車の動きが止まる。


 同時に何かが倒れる音と、ルクスが見ていた窓の外を、矢のようなものが通り過ぎていった。


 防音が行き届いた馬車の壁を貫通して、外から怒号が響いてくる。


 その声の迫力にカーティスは身を固くして、ルクスは反射的に扉を開いて馬車の外へと飛び出していく。




「……これは」


「罠だ!」




 誰かがそう叫ぶ。


 丘の上には、武装した獣人達が大勢こちらに武器を向けている。中にはエルフもいて、杖の先に魔力を込めている。


 馬車の御者席を見ると、一番最初に狙撃されたのだろう。カーティスの護衛の騎士は二人とも狙撃によって命を落としていた。




「始めるぞ」




 獣人の中でも一際体の大きい、壮年の男がそう告げる。


 その言葉を合図にして、丘の上にいた亜人達は一斉にルクス達目がけて坂を駆け下り始めた。




「迎え撃て!」




 ケントがそう叫び、全員が迎撃態勢を取るが、状況は最悪と言っていい。急な襲撃によって未だ混乱から抜け出せないばかりか、相手の数はこちらの三倍以上。護衛部隊三十名程度に対して百人はいるのだ。


 リーダー格の獣人が、一気にこちらの馬車に向かって飛びかかる。


 後ろの馬車を蹴りの一発で横倒しにして、その上から大剣を振るった。


 その突撃だけで、三人が一瞬で命を奪われた。獣の本能を剥き出しにしたその刃は、次にどうにか指揮を執ろうと声を上げるケントに向かう。




「ケントさん!」




 自分に降りかかる矢を打ち払い、目の前に現れた獣人二人の武器を弾き飛ばし、その腹を打ち付けて戦闘不能にしたルクスは、ケントを助けるべく駆け出す。




「この小さいの、手練れだぞ!」


「俺がやる!」




 ルクスの前に躍り出たのは、逆立った髪をした若い獣人の男だった。犬歯を剥き出しにして、手に持った二振りの剣を器用に操りルクスに斬りかかる。




「ほう、俺の一撃を避けるか!」




 ルクスは黒の剣でそれを防ぎ、体術を駆使して距離を取る。


 それよりも早く、若い獣人は後ろに飛び、そのままリズムを取るように再度ルクスに対して突撃を敢行した。




「くっ、早い……! けど力は!」




 衝撃を受け流しながら、二振りの刃を器用に捌く。


 若い獣人が何度叩きつけても、ルクスの防御が揺らぐことはない。彼も相当な手練れだが、ルクスとて並の修羅場をくぐってきたわけではなかった。




「まずはこの人を倒して、それから!」


「俺を簡単に抜けると思うなよ、人間!」




 若い獣人の言葉は虚勢ではない。


 ルクスは彼の攻撃を捌くことはできるが、獣人特有のしなやかな身体を使った身軽な動きを捉えることは容易ではなかった。


 彼一人に時間を取られている間に、遠距離からの攻撃とリーダー格の獣人によって次々と味方が倒されていく。


 既にケントの周囲には大勢の人間の死体が転がり、リーダー格の獣人に大剣を突き付けられてる状況だった。




「邪魔です!」


「容易く俺を抜けると思うなぁ!」




 若い獣人は威勢よく叫ぶが、ルクスの想像以上に鋭い踏み込みに対して、対応が一歩遅れた。


 懐に飛び込んだルクスは二振りの剣を擦り抜けて、その胴体を剣の射程に捉える。




「悪いけど、倒させてもらいます」




 ルクスの突きがその腹を貫く寸前、側面から飛来した風の弾が、ルクスと若い獣人を纏めて弾き飛ばす。




「ジェス、無事か!」


「余計な真似をするな!」




 遠くからエルフが、杖を構えてルクスの方を見ていた。


 倒れたルクスに対して、更に追撃が浴びせられる。


 風の弾は幾つもルクスの周囲に着弾し、衝撃を撒き散らして動きの自由を奪った。




「まだだ!」




 ルクスは気合を入れ、剣で自分の方に飛んできた風の弾を切り裂く。


 そして同時に攻撃してきたジェスの剣を叩き落とし、残るもう一本を空中へと弾き飛ばした。




「こいつ……!」




 殺さないように手加減する余裕はない。


 一撃で戦闘能力を奪うために、ルクスはその首目がけて黒の剣を振るう。


 切っ先がジェスに触れるその瞬間、ルクスの視界に大きな何かが飛び込んできた。


 血に濡れた大剣、それを持つ大柄な獣人の男。


 凄まじい力で弾き飛ばされたルクスは、先程の風の弾を受けた時とは比べ物にならないほどの勢いで地面へと叩きつけられた。




「レンツォさん! ここは俺が」


「下がっていろジェス。この少年は只者ではない、下手をすれば命を落とすぞ」


「でも、俺が人間如きに……!」


「今万が一にでも戦力を欠くわけにいかん。やれ」




 立ち上がろうとするルクスに対して、レンツォと呼ばれた獣人が後ろに合図をする。


 複数初の風の弾が、無防備なルクスの身体を何度も打ち付けて、その意識を簡単に刈り取っていった。

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