二幕目
ある種に於いて実に唐突に始まった一部郊外の再開発事業。
調査の結果で明らかに。浮かび上がた人物は予想を超えて大物で。オーガスト.ルイン.バンフィールド侯爵。王族の一人である王弟殿下が主導する新たな国策の一つであったのだ。郊外の治安の改善と新たなる雇用の創出に依る経済の活性化。お題目は幾つもあるが、本当の目的は次代の王座を我が子にと。不穏当な野心への布石なのでは、と。王弟の真意について宮廷内では実しやかに噂されていた。一方で、兄王共にまだ四十代も前半と壮健で継承問題は第一の関心事からは外れている上に兄弟仲は良好と、相反する噂も同様に広まってもいた。反する噂は何方も一定の信憑性を帯びてはいたが、事実としては事業が軌道に乗れば王弟殿下が相応の富を享受するのであろうし結果として自身の派閥の拡大に繋がる。それを兄王陛下が歓迎するのかと言えば⋯…。伏魔殿とは言い得て妙で。所詮は狐と狸の化かし合い。現状で心中を知るのは当事者たちのみと言った所だろう。
と、解説混じりに語る言葉を一旦閉じて。私は瞳をクリスに向ける。
「此処で肝心なのは正に文字通り、王弟の肝入りである政策に。外野でしかない冒険者ギルドは口を差し挟めないと言う事なのよ」
王権に歯向かうなんて恐れ多い、と大仰に肩を竦めて見せる。元とは言え冒険者の気風としては相応に冗談めかしてみたのだが。はあ、と神妙に頷くクリスの表情から察するに間違いなく、ぴん、と来ていないのは明らかで。それも当然だろうか、私は自覚してかなり回りくどく話しているからだ。
自由な風の如く彼女の奔放さが。天真爛漫な
「だから私たちは風俗街の予定地に冒険者ギルドの訓練施設を中心とした都市構築型の複合施設の創立を王国に申請しているの」
白紙に戻せないのならば前提を覆すしか無い、と。大局を先読むビンセントの思考は正に癖者と言うべきモノで。既に準備は万端。活動的に宮廷に働き掛けている姿は冒険者時代の社交性の欠如した人物とはとても思えず。飄々としていて掴み所の無い印象を与える彼ではあるが、
「仮に特区と呼称して。私たちの案の利点は多くの商会を参画させる事で小規模な経済圏を確立させられる事にあるの。衣食住に加えて娯楽施設まで。これらが生み出す利益は風俗街が齎す税収を超える筈よ。王弟殿下からも民衆受けの悪い風俗街よりも、と。既に前向きな回答を頂いているわ」
王弟からして計画が軌道に乗って己の懐が潤えば、ソコに何が建とうが気にも止めないであろう。下々の営みなど眼下に映らぬ。本来王族などそんなモノだ。元より風俗街などと言う俗物的な既得権益の塊が王弟の発案である筈も無く。その辺りの調べも付いている。旗振り役として強く推進しているのはバルロッティ子爵家。今回の騒動で完全に関係性が悪化したあの子爵家とは我慢強く交渉を続けていく必要があるが。此処で彼女に語って聞かせる話ではないので割愛する事にする。
「此処までが前提の話なんですよね?」
「ええ、そうよ。つまり特区に隣接する貧民街への継続的な支援に関して。冒険者ギルドには大義名分があると言う事」
今後は貧民街の住民が起こすであろう騒動の多くを対岸の火事と傍観する訳には行かなくなる。良き隣人、とは行かずとも少なからず付き合い方を模索していく事にはなるだろう。遠く迂回してやっと結論に至る訳だが。それが彼女の要請に応える解であり利害の一致と呼べるわたしたちの回答であった。
「でもそうね」
と、私はこの奔放な子猫を前に一考し。
「計画の規模を考慮して、やっぱり出資者には相応の金額を負担して貰おうかしら」
視線の先で、がたっ、と椅子が倒れる音がして。私は微笑みながら指で丸く円を象る。
「大丈夫よ。入り用なら私が無利子で『貸して』あげるから」
諭す様に優しく伝える。これは愛らしく心配で小憎らしい少女に対する私からの小さな意趣返しであった。
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