一幕目

 店の奥へと促され、案内された個室で私は彼女と向き合い座る。小さな丸テーブルには淹れたての紅茶が二杯。準備万端。既に用意されていた。各々が初めは紅茶を片手に雑談を交わし、軈て折に触れて話の筋が本題に移っていく。内容を要約すれば。


「つまり要点を纏めると冒険者ギルドが主催する形で慈善活動を行って欲しいと。その活動に神殿からティリエール助祭を招き自分は出資者の一人として参加して助祭と知己を得る機会が欲しいと。そう言う事ね?」


「あと、可能な範囲。知り得る範囲で構わないので助祭様の情報が知りたいですね」


 敢えて確認する私の言に、彼女はクリスはうんうん、と笑顔で頷いている。相談があると連絡を受けた時点で相応に構えて赴いてはいたが、踏まえて現状での冒険者ギルドと神殿の関係性を思えばこれはこれで中々の難題であった。


「クリス。直接貴女が神殿と関わる事でどれ程に危うい橋を渡る事になるのか分かっているの? 遠からず私たち冒険者ギルドは神殿と対抗的処置をも念頭に本格的な交渉に入る事になるわ。そんな状況下で態々火中の栗を拾う真似をするつもりなの?」


 既にお互いに敬称や遠慮は不要と承諾済み。ゆえに私は殊更声音も低く詰問する。理由の如何に関わらず私たちは彼女の身に危険が及ぶ可能性を最大限排除しなければならない。神殿が絡む相談事なら尚の事おいそれと頷く訳には行かなかった。


「冒険者ギルドと神殿の関係が今後どう変わり往くとしても、私は私。両者との向き合い方は自分の責任において決めて行くつもりですよ」


 変わらずにっこり、と微笑む彼女の笑顔は揺るぎなく。確たる意思の表明を前にして、これはお手上げね、と諦めも半分に妥協を余儀なくされる。彼女、クリスとの関係は恋愛に似ている。肝腎要は一言に尽きる。格言に似て。結局は先に惚れた方が負け。惚れた弱みと言う奴だ。


「良いわクリス。でもティリエール助祭をギルド主催の活動に参加させるのは簡単な話じゃないわよ。ティリエール助祭は神殿の布教活動に於いての広告塔。聖女の呼び名も神殿が大衆向けに作り上げた都合の良い偶像に過ぎないわ」


 クラリス.ティリエール助祭について、殊更新たに調べる必要はない。何故なら神殿の主要な人物への調査は月単位で更新を重ねているからだ。


「ティリエール助祭が参加する慈善活動の全ては予め事前に神殿が用意したものばかり。その多くが寄進が望める庶民に向けてのもの。加えて彼女は常に受動的で自ら能動的に動いた形跡は残念ながら見られないわ。聖女の名を冠する清廉さや純潔さは印象と共に裏返るモノ。関われば失望するかも知れないわよ」


 何故彼女が助祭に興味を抱いたのか。その意図がどうであれ苦言は呈しておく。老婆心ながら、と綺麗事を言うつもりはないが、これも惚れた弱みであろうか、損得を抜きにしてもまるで本当の妹の如く心配になってしまうのだ。


「それでも、です」


 と、やはり彼女は微笑んで。


「でもそうなると、冒険者ギルドが主催ではティリエール助祭の参加は難しそうですね。表向き体裁は繕うとしても冒険者ギルドの人気取りに態々神殿が虎の子を派遣してくれる筈ないだろうし。例え希望しても別の助祭様でお茶を濁されるのが落ちでしょうか」


 ううんっ、と彼女。クリスは小さな顎に手を添えて悩ましげに呻く。その姿はまるで小動物の如く愛らしくはあるが、本題が本題だけに切り替えて私も一考する。正攻法ではまず不可能な難題ではある。あるのだ、が。一点。切り崩す道はあるかも知れない。此方からは無理。神殿の意向も拒否で揺るがない筈。であればティリエール助祭本人に賽を振らせて見るしかないだろう。


「確実とは言い難いけれど一つだけ試案があるわ。今回の慈善活動を貧民街スラムに限定するのよ。あそこスラムの貧困問題の緩和は王都全体の治安の改善に直結する政治課題。けれど他の地域からの悪感情と差別が障害となって現状は王国のみならず神殿すらも深く介入出来ないでいる。そんな土地柄である貧民街への短期ではない継続的な支援と言う名目であれば或いは」


 可能かも知れないと続ける。この立て付けであれば例え主体が冒険者ギルドであっても神殿は形だけであろうが賛同の意を示さずを得ぬであろうし王国からの支援も期待出来る。これで大勢は賛同に傾き参加への枷は緩められる。後はティリエール助祭の考え方一つと言った所であろう。正直に言えば私たちにとって助祭の器量が噂通りか否は大きな問題ではない。賛であればクリス。彼女の望みを叶えた形になる。否であれば彼女に神殿との距離を置かせる結果に導ける。であれば何方であっても損はない。


「でも長期的な支援ともなると相当に掛かるんでしょう」


 クリスは何とも複雑そうに、右手の親指と人差指で丸く円を象る。曰く『お金が』と言いたいのだろう。出資すると謳った手前、不安に思ったのだろうが、狼狽を隠せぬ表情と言い何とも小物感が滲み出ていて愛らしい。


「報告と言う意味で本筋に触れる話題になったから補足を入れて説明するわね」


 その辺りは心配無い、と安心させてやるのも忘れない。


「この郊外の土地は再開発と言う名目で既に多くの土地が貴族お抱えの商人たちに買収されているの。従って既に走り出しているこの再開発事業自体を止める事は冒険者ギルドであっても不可能だったわ」


 この国策を白紙に、とは流石に利権が絡み合い過ぎて今更無理な相談であった。


「それと支援の話がどう繋がるんですか?」


「まあ、聞きなさいクリス」


 少し長い話しになる。寧ろ訪問の目的は此方が本筋で。ふっ、と息を付き。一旦間を空けて。まずは既に空になっていた杯に紅茶のおかわりをお願いするのであった。

 

 

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