第17話 明日に備えて
しばらく笑いが広がったあと、ロジャーが真剣な表情に戻り、テーブルに広げた地図を指差した。
「さて。明日、俺たちは
「りょ、了解です……!」
アンナがビシッと背筋を伸ばして答える。
「ああ!」
セレスティアもドラゴンに会えるかもしれないと気合を入れる
「その前に、しっかりと準備をしなくちゃね」
アマンダの言葉に全員が頷いた。
明日からは本格的な山岳地帯の探索になる。
そして、ドラゴンと遭遇する可能性もあるのだ。
準備を怠るわけにはいかないだろう
「はい。医療用のポーションと止血薬、あとは解毒剤も準備しておきます。非常食も人数分まとめておきますね」
「頼りにしてるぜ、アンナ」
ロジャーが笑顔で親指を立てると、アンナはちょっと照れくさそうに「はい」と返した。
そして最後にロジャーが立ち上がり、仲間たちに向かって語りかけた。
「明日は、いよいよドラゴンとの対峙になるかもしれない。でも、無理はするな。最悪の場合は撤退も選択肢に入れておく。命があっての冒険だからな」
その真剣な言葉に、セレスティアもアマンダもアンナも黙ってうなずいた。
「それに……俺の可愛い使い魔たちを、危険な目に遭わせるわけにはいかないからな!」
「そこなの!?」
「まあ、ロジャーらしいけど……」
「いいえ、むしろそれでこそロジャーさんです」
ツッコミと同意が飛び交う中、作戦会議は和やかな雰囲気で終わりを迎えた。
「じゃあ、明日に備えて出かけるか。ポーションや携帯食料や水を買っておかないとな」
ロジャーの声に、三人は立ち上がって街へ買い物に出かける。
宿を出た四人は、市場通りを歩いていた。
石畳の道に並ぶ露店は、香ばしい焼き串や薬草の匂いで満ちており、街の活気に包まれている。
「それにしても、この街は便利ね。大抵の物は揃ってる」
アマンダが感心しながら、軒先に積まれたポーションの瓶を手に取る。
「ええ、交易が盛んなおかげで薬品も種類が豊富です」
アンナはきびきびと買い物袋を手に、棚の前で値札を読み取っている。
「お、こっちの方が一瓶安いぞ。まとめ買いすればもっと安くなるな」
「師匠、まさか値切る気ですか?」
「当たり前だ。使い魔たちのために少しでも節約するのは、もはや義務だろう」
「いや、自分の装備のために節約しろよ……」
セレスティアの冷静なツッコミもどこ吹く風、ロジャーは目を輝かせながら「特価・体力回復ポーションセット」を抱えていた。
「あと、これも買っておくか。シロモン用の予備のブラシ。モモルの耳かき用の羽根。ミミフィーヌには――」
「師匠、冒険の準備をしてるっていうか、ペットの飼育準備してないか?」
「なに言ってるんだ。愛こそ力だぞ? 使い魔たちが俺に愛と勇気をくれるんだ」
真顔で言い切るロジャーに、セレスティアは一瞬頭を抱えたが、すぐに諦めたように肩をすくめた。
その頃、アマンダとアンナは、となりの雑貨屋で携帯食料の吟味を終えていた。
「この干し肉、美味しいですよ。スパイスが効いてて保存性も高いみたいです」
「よし、それを人数分……いや、ロジャーの分は多めにね。使い魔に食べさせる分も入ってるだろうから。まあ、アイツは自分の分を削ってでも使い魔たちを飢えさせることはしないでしょうけどね」
「了解です」
二人は慣れた調子で買い物を済ませ、ロジャーとセレスティアに声をかける。
「こっちは買い終わったわよー。そっちは?」
「おう、完璧だ! 財布は軽くなったが、心は満たされた!」
「……それ、財布が満たされてた方がよかったのでは?」
そうツッコミながらも、セレスティアもどこか楽しげに笑っていた。
ロジャーは重たそうな袋を二つぶら下げ、使い魔たちが入ったキャリーバッグを背負って満足げに頷く。
「ふふふ……! これで明日の準備は万全だ」
「師匠……。ほとんど使い魔たちの準備じゃないか」
「そうだが? 何も問題はないだろう?」
その言葉に、アマンダが呆れたようにため息を吐き、アンナは苦笑いを浮かべた。
そうして一行は宿へと戻っていった。
宿に戻った一行は、そのまま一階の食堂へと足を運んだ。
木の温もりを感じる内装と、ほんのり香る夕飯の匂い。
宿の女将が笑顔で迎えに出てきた。
「おかえりなさいませ。夕食の準備ができておりますよ」
「助かる!」
ロジャーが元気よく声を上げ、使い魔たちも揃って「キュッ!」「ピュイ!」「モ~!」と鳴いて食堂へ駆けていく。
「ちゃんとテーブルマナー守ってくれ……」
セレスティアが呆れつつも、どこか嬉しそうに微笑んだ。
席に着くと、運ばれてきたのは豪快な肉の煮込み、焼きたてのパン、温かい野菜スープに香ばしいチーズパイ。
シンプルながらも、心温まる料理ばかりだった。
「ふむ……! これはうまそうだ!」
ロジャーが一口食べて、目を見開く。
「うまいっ! これほど肉が柔らかいとは……!」
「ほんとだ。スープの味も上品で優しい……」
セレスティアも頷き、モモルはパンをもふもふと頬張っている。
ミミフィーヌは器用にスプーンを使ってスープをすくい、シロモンは静かに野菜パイをかじっていた。
「この宿、正解だったわね。アマンダさんの目利きはさすがです」
「ふふ、食事の質には妥協しない主義なのよ」
皆が和やかに食事を進める中、ロジャーだけが何やら真剣な顔で皿の上を見つめていた。
「……どうしたんだ? 師匠」
「明日のことで少しな」
「……何か心配でもあるのか?」
「はっきりと言わせてもらうが、今のセレスではドラゴンをテイムできない。まだ実力不足だ」
辛辣ではあるが事実を言われてしまい、セレスティアの表情が強張る。
「っ! それは……」
「まだドラゴンと決まったわけではないが……。もし、ドラゴンだった場合、どうする?」
「……できるのならばテイムを試みたい」
無理かもしれないが、それでも挑戦だけはしたいとセレスティアは拳をギュッと握りしめた。
「そうだろうな。だが、師匠として言わせてもらうが許可はできない」
「やはり、私の力不足だからだろうか?」
「そうだ。テイムは基本的に一対一が条件だ。今のセレスではドラゴンと一対一の状況には持っていけない。俺がサポートしない限りは到底無理だろう」
「……では、どうすれば?」
セレスティアの声には迷いと、悔しさが滲んでいた。
「もし、今回、本当にドラゴンがいた場合は、どれだけ自分とドラゴンの間に力の差があるのかを確認するんだ。余程のことがなければ俺が助けに入れるからな」
ロジャーの口調は淡々としていたが、そこには弟子を想う真摯な眼差しがあった。
「……力の差、ですか」
「そうだ。実力を見極めるってのは、恥ずかしいことじゃねぇ。強さは目指すものであって、今すぐ手に入るものじゃない。焦らず、腐らず、着実にいこう」
その言葉を聞いたセレスティアは、ゆっくりと目を伏せた。
握りしめた拳が、微かに震えている。
悔しい。
けれど、認めるしかない。
師匠の言うことは正しい。
まだ私は、ドラゴンと渡り合うには足りない。
「……はい。わかりました。力を確かめて……そのうえで、次の目標にします」
顔を上げたセレスティアの瞳は、もう揺れていなかった。
その様子を見たアマンダが、少し微笑みながら言った。
「ちゃんと話せばわかる子なのよね、ほんと」
アンナも頷く。
「ええ、セレスお嬢様はとても真面目で努力家ですから。……少し、頑張りすぎてしまうところもありますけれど」
「むむ……! アンナまで……」
頬をふくらませるセレスティアに、ロジャーは肩を竦めて見せた。
「明日はまず、状況を見てから動こう。チャンスがあれば、俺がなんとかしてみせる」
「……はい、師匠」
こうして夕食は無事に終わり、皆はそれぞれ部屋へと戻っていった。
明日、何が起こるかは誰にもわからない。
けれどその夜、セレスティアは強く願った。
食後、それぞれが荷物の最終確認を済ませ、明日の出発に備えて早めに部屋へ戻る。
ロジャーは使い魔たちのブラッシングを丁寧に済ませ、ふかふかのベッドの上に丸くなった彼らを満足そうに見下ろしていた。
「明日は……少し危険かもしれんが、絶対にお前たちは戦わせない。俺が全部やる。だから、安心して寝てくれよ」
囁くように言うと、ミミフィーヌが小さく鳴いて、ロジャーの膝に頭を乗せた。
「……ああ、分かってる。お前たちは強い。でも、可愛いからこそ、戦わせたくないんだ」
ロジャーは優しく彼らを撫でると、静かに目を閉じた。
一方、三人部屋では、セレスティアとアマンダ、アンナが順番に入浴を終え、それぞれのベッドに身を沈めていた。
「明日、いよいよドラゴンの正体が分かるかもしれませんね」
「そうね。気を引き締めていかないと」
「はい……でも、なんだか不思議と不安はありません。ロジャーさんがいるからでしょうか……」
アンナがぽつりと呟くと、セレスティアも静かに笑った。
「そうだな。あの平原で見せてくれた力は本物だ。師匠がいるなら大丈夫だろう」
「そうね。使い魔たちにはデレデレしてるけど、戦ってる時のロジャーは強いわ」
アマンダがそう言いながら、どこか誇らしげに笑った。
そして、夜が更けていく。
心は静かに、強く、明日を見据えていた。
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