第2話 それが理由だ

 ギルドの空気が、少しだけ静まり返る。

 ロジャーはセレスティアを見下ろしながら、頭をかいた。


「……とりあえずさ、お嬢さん。あんたがここに来た理由、ちゃんと聞かせてもらってもいいか?」


 セレスティアは呆然とした顔のまま、しばらく固まっていたが、やがて小さくうなずいた。


「……すまない。少し、混乱していただけだ。ならば、話そう」


 立ち上がったセレスティアは、ドレスの裾を軽く整えると、視線をロジャーに向けた。


「話すには……少々時間がかかる。可能であれば、場所を移したい」

「ふーん。まあ、ちょうど依頼帰りで腹も減ってるし。マリーナ、一緒に来てもらってもいいか? 流石に貴族のご令嬢と二人きりっていうのは外聞が悪いだろう」

「私が一緒でもいいんでしょうか?」

「構わない。ロジャー殿の言う通り、貴族の娘が婚前に異性と二人きりになるのは、外聞が悪いからな」

「わかりました。では、少々お待ちください。受付を交代してきますので」


 そう言ってマリーナはギルドの奥へ引っ込む。

 それからすぐに代わりの人員が受付に立ち、マリーナはロジャーたちと一緒に行動する。


「私はこの街に詳しくないんだ。どこかいい場所を知らないか?」

「俺はいつもギルドの食堂で済ましているからな。あまり詳しくないんだ。マリーナはどうだ?」

「そうですね~。セレスティア様、内密のお話をされるようでしたら、個室のあるお店にしますが、どうでしょうか?」

「そうだな。できれば、あまり他の人には聞かれたくない。すまないがマリーナ殿。よろしく頼む」

「わかりました。では、ついて来てください」


 ロジャーとセレスティアはマリーナの後ろをついて行く。

 マリーナの案内で個室のある落ち着いた雰囲気のお店に着いた。

 店員に個室へ案内され、三人は席に着く。

 マリーナとロジャーが横並びで座り、セレスティアが対面に座っている形だ。

 簡単な軽食を注文すると、セレスティアはゆっくりと口を開いた。


「私が、テイマーとしての力を得ようと決めたのは……つい、最近のことだ」

「へぇ。貴族なら別にテイマーとして力をつける必要はないだろうに」

「これは、私にとって……必要な力なのだ」


 その言葉には、冗談では済まされない切迫感があった。

 ロジャーが黙って続きを促すと、セレスティアは静かに語り始めた。


 それは、半月ほど前のことだった。

 社交界での初舞台――夜会。

 セレスティアは、そこで多くの貴族たちの視線を一身に集めた。


 白銀の髪、透き通るような碧眼、真紅のドレスを完璧に着こなしたその姿は、令嬢という言葉を具現化したかのようだった。

 セレスティアは、それがどれほど目立つことか、よく分かっていなかった。


 彼女にとっては、それが普通だったのだ。


 だが――


「……ディルク様から、求婚が届いている」


 後日、父親からそう告げられた時、セレスティアの心は凍った。


 ディルク・ヴァルトライン。王都でも有力な公爵家の令息。

 だがその名は、華やかな噂よりも――むしろ黒い噂で知られていた。

 女遊び、傲慢な性格、暴力の常習――そして、隠蔽されている犯罪歴。

 全て、相手に落ち度があったとされていたが、その実態は誰も口にしなかった。


「断ってほしい」


 セレスティアは、毅然とした態度で言った。

 だが、父の返答は冷たかった。


「それはできん。相手は公爵家。王家にも影響力を持っている。下手に拒めば、我が家の立場が危うい」

「そんな……!」

「すまない。セレス……。わかってくれ」


 婚姻とは、家の都合。

 令嬢は、政略の道具。

 その現実が、セレスティアの前に立ち塞がる。


「(私は、ただの駒なのか?)」


 心の奥から湧き上がった反発心が、彼女を突き動かした。

 家を飛び出し、与えられた職業であるテイマーの力を使って、運命を覆そうと。


「だから、私は決めたのだ」


 セレスティアは、食堂のテーブルを軽く叩いて言った。


「ドラゴンをテイムし、王家にその力を示す。そうすれば、婚約など不要だと証明できる」

「なるほどね。実力で黙らせるってわけか。お嬢さん、意外とやるじゃん」

「意外とは余計だ。だが……これしか方法が思いつかなかったのも事実だ」


 セレスティアはぎゅっと拳を握る。


「だから、天才テイマーの噂を聞いて……あなたに師事したかったのだ」

「……気持ちはわかった」


 ロジャーは腕を組んで、じっとセレスティアを見つめる。


「でもなぁ……ドラゴンって、全っ然、可愛くないんだよなぁ……」

「そ、そこなのか!?」

「そこが一番重要だろうがっ!」


 ロジャーの主張に、セレスティアは頭を抱えそうになった。

 マリーナが、困ったように口を挟む。


「ロジャーさん。テイマーにとって使役するモンスターが全てなんですよ。本来であれば、セレスティア様のようにドラゴンを、と思う人の方が多いんです」

「マリーナ。ドラゴンなんて全く可愛くないんだぞ? やる気、でるか?」

「はあ……」


 マリーナは頭を押さえて、小さくため息を漏らした。


「……聞かせてくれ、ロジャー殿。どうして、貴殿はドラゴンではなく、その愛玩ペットと呼ばれるようなモンスターがいいのか」

「愛玩ペットではない! 慈しむべき、尊き存在だ!」

「わ、わかったから……。聞かせて欲しい。どうして、ロジャー殿がそこまでこだわるのかを」

「……私も知りたいですね」


 マリーナも静かに口を開く。


「ロジャーさん、初めて会ったときからずっと、可愛いモンスターにしか興味を示しませんでした。どうして、そうなったのか……。詳しく聞かせてください」

「ふむ……。わかった」


 ロジャーは、ちょうどテーブルに置かれた湯気の立つお茶を一口すすった。

 カップを戻し、椅子の背にもたれながら、遠くを見るような目をして口を開く。


「俺が何故、あの子たちを愛するようになったかを語ろうか」


 その声は、普段の軽薄な調子とは違い、どこかしんみりとした響きを帯びていた。


「――まだ、俺が子どもだった頃の話だ」


 ロジャーはそう言うと、湯気の立つお茶に一度目を落とし、カップをそっと口元に運ぶ。


 静かに一口だけすすった後、ぽつりと語り始めた。


「当時の俺は、どこにでもいる普通のガキだった。冒険譚に英雄譚、勇者の武勇伝に魔王討伐の話……そんなもんに胸を躍らせてさ。いつか俺もでっけぇ剣を振り回して、世界を救ってやるんだって、本気で思ってた」


 遠くを見つめるような目をしたロジャーに、セレスティアとマリーナも静かに耳を傾ける。


「だけどある日、親の目を盗んで飛び出した森で、俺は……迷った」


 ロジャーの声に、かすかに苦笑が混じる。


「最初は冒険気分でワクワクしてたけど、気づいたら道が分からなくなっててさ。日も落ちてきて、木々は黒くて、風は冷たくて……怖くて、情けなくて、しゃがみこんで泣いてた。――俺は勇者にも英雄にもなれねえ、ただのガキだったよ」


 その言葉に、マリーナがほんの少しだけ目を伏せた。


「そしたらさ、現れたんだよ。ひょこって」


 ロジャーの表情が、やわらかくほころぶ。


「手のひらに収まるくらいの、ふわっふわの白い体毛。丸い目、長い耳、くるくる動く尻尾。……まるで、絵本の中から飛び出してきたみたいだった」

「それって……」

「そう。ミミフィーヌだ」


 ロジャーは懐から、もぞもぞとポーチをまさぐる。

 すると、中からふわふわと顔を出したのは白くて小さなモンスター。

 大きな耳がぴくぴく動いている。

 セレスティアが驚いたように目を見開く。


「こいつが、俺の初めての英雄だ」


 ロジャーはそう言って、ミミフィーヌの頭を優しく撫でた。


「そいつは何も言わずに俺のそばに寄ってきてな。くんくん匂いを嗅いだあと、森の奥へちょこちょこ歩き出したんだ。まるで、ついてこいって言ってるみたいに。気まぐれだったのか、ただの散歩だったのか、今でもわからねぇ」


 当時を思い出すようにロジャーは小さく笑みを零す。


「でも……必死に後をついてったら、いつの間にか森の外だった。怖くて震えてた俺を、ふわふわのちっちゃなモンスターが助けてくれたんだ」


 ロジャーの声には、確かな感情が宿っていた。


「その姿に、やられちまった。――小さくて、弱そうで、でも誰よりも優しかった。俺の命の恩人で、俺の憧れになった」


 彼はゆっくりと拳を握る。


「だから願った。あの子たちのような存在を守れる人になりたいって。テイマーという職が、俺にとっての勇者だったんだ」


 セレスティアとマリーナが息を飲む。


「でもな、俺が好きになったモンスターたちは……はっきり言って、弱い。戦えない。魔法も吐けない。声も小さいし、よく寝る」


 笑いながらも、ロジャーの声には誇りがあった。


「だから俺は、死ぬ気で修行した。戦って、鍛えて、学んで……この手で守ることができるように、何年も努力した」


 ロジャーは握り締めた拳を見詰めていた。


「そして、天職の儀の日――俺の願いは通じた。神様は、ちゃんと見てくれてたんだ。俺に【テイマー】の職を与えてくれた」


 ロジャーはミミフィーヌを大切そうに胸元に抱えた。


「それから、モモルとも出会った。可愛いだけじゃない。優しい、健気で、まっすぐなやつらだ。……あいつらをただの愛玩ペットなんて言うやつがいたら、俺がぶっ飛ばす。それが、俺が可愛いモンスターしかテイムしない理由だ」


 そう言い切ったロジャーの顔はとても晴れやかなものであった。

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